2016年03月31日

感銘深かったマルティヌーの『ギリシャ受難劇』(2016春ドイツの旅 07)

035a.jpg 『ギリシャ受難劇』は、チェコ出身の作曲家、ボフスラフ・マルティヌー(1890〜1959)がギリシャの作家ニコス・カザンザキス(1897〜1957)の『キリストはふたたび十字架に』(邦題は訳者により様々)を作曲者自身が台本化し、晩年の5年あまりを捧げて作曲した全4幕の歌劇である。難民の問題を扱ったオペラとして、現在のドイツやEU諸国の状況を考える上で多くのものを示唆してくれるのみならず、権力の反動性を抉り出す作品として、現在の日本の状況の中でも考えさせられることが多々ある作品である。日本ではまだ一度も上演されたことのない作品なので、御存知ない方も多いはずだし、物語は複雑なので、まずは第1幕のあらすじをエッセンの劇場のパンフレットの拙訳で紹介しておこう。(Web上では『ギリシャ受難劇』で検索していただくと日本マルティヌー協会のHPが出て来ると思いますので、そちらも併せてお読みいただくとよくわかると思います。)

[第1幕のあらすじ]
 ギリシャの小さな村リコフリッシは、オスマントルコの占領下にある。復活祭の日、グリゴリス神父は、翌年の復活祭に際して受難劇が行われることになると宣言し、役者を決める。コンスタンディスはヤコブを、ヤナコスはペトロを、ミケリスはヨハネを演じることになる。未亡人のカテリーナは娼婦として生きているが、マグダラのマリアの役を与えられる。一方、カテリーナと愛人関係にあるパナイトは彼の意志に反してユダの役を与えられる。キリスト役には羊飼いのマノリオスが決められ、グリゴリス神父から、今から彼の役にふさわしく奉仕しなければならないと訓戒が宣告される。マノリオスはレニオと婚約しているが、間近の結婚が延期される。
フォーティス神父に率いられて、難民たちの大量の流れがリコフリッシに到着する。彼らの住む村はトルコ人に破壊され、彼らは定住できる場所を探そうとしていた。グリゴリス神父は、難民たちの宿泊を認めることに難色を示す。難民の一人が疲れ果てて死ぬと、グリゴリスは彼女はコレラで死んだと主張し、それを口実に難民への援助を拒む。マノリオスは、フォーティす神父に近くに位置するサラキナ山に定住することを提案した。

 その後の物語の展開を手短に書くと、マノリオスは難民たちを救済しようと努め、カテリーナや3人の使徒役の男たちもマノリオスと共に歩もうとするが、村の長老たちは、彼らに食料を与えることを口実に彼らの持つ宝を巻き上げようとしたりする。グリゴリス神父は長老たちと謀ってマノリオスを殺してしまう。原作『キリストはふたたび十字架に』の意味はこれでお分かりいただけるだろう。

 エッセンのアールト劇場での上演は、チェコ人のイルジ・ヘルマンの演出は、20世紀初頭と言う作品の設定を離れ、現代的な舞台作りで作品の問題意識をしっかりと観客に伝えようとしていた。幕開きでマノリオスに背景の岩を登らせて、困難に真摯に立ち向かう彼の性格を分かりやすく示していた。また、開幕前から客席にアコーディオンを弾く俳優(マルティヌーの台本にはない)を登場させたり、第2幕の最後では、当初は長老の難民たちを搾取しようとする企みに加担していて改心したヤナコスが2階の客席からメッセージを撒いたりと、劇場的な楽しさを欠かさない。ドイツ語のメッセージは、開幕前にはスクリーンに映し出されており、ヤナコス役に歌手によって、休憩時にも観客に配布されていた。
 演出のヘルマンは、重いテーマと向き合う観客の心理的負担を程良く緩和する一方で、現実から目を逸らさない。マルティヌーの台本では、難民たちはフォーティス神父に率いられてリコフリッシ村を去って行くことになっているが、エッセンの舞台では、フォーティス神父以外の難民は倒れて死ぬ。行き場のない難民たちを抱える現在のドイツで、他の新天地を探しに旅立つというのは絵空事にしかならないだろう。
 何よりもマルティヌーの音楽が、けっして難解ではなく(部分的に難しい箇所もあるけれど、次々と様式が変化して行くので聴く者を飽きさせない)、祈りに満ちている。ドイツ語字幕付きの英語上演。

 もし、この記事を読んで興味を持たれた方がいらっしゃれば、ぜひマルティヌーの作品やカザンザキスの原作に触れていただきたいと思います。カザンザキスの原作は、図書館にも入っている場合が多い(私の住む千葉県市川市や勤務先の埼玉県さいたま市には複数館に所蔵されている)ようです。マルティヌーの方は、輸入盤で聴いていただくのが手っ取り早いですね。ロンドンでの初演を目指して書かれた初稿と、実際にチューリヒで初演された際の第2稿があり、今回は第2稿への上演でした。
 私は、この作品は10年ほど前にブレーメンで観て以来2度目でしたが、世の中の状況が険しくなっている今、本当に心に染みる作品でしたし、分かりやすく完成度の高い上演に心を打たれました。帰国後の『週刊オン☆ステージ新聞』に拙評を掲載する予定です。
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2016年03月28日

2016年春 ドイツの旅(6)

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エッセン市立アールト劇場

〈写真解説〉
左上:外景。無駄のない設計だが曲線的なのが面白い。
中央上:ロビー。白を基調とした設計は外景と共通。階段なども広くゆったりと取られている。2階、3階客席の通路の曲線がアクセントになっている。
右上:設計者アールト(1898〜1976)の銅像。フィンランド出身の建築家。エッセンのアールト劇場の完成は1988年で没後の仕事は妻のエリッサに引き継がれましたが、この劇場に来る度にアールトの才能を感じます。
左下:場内の風景。下手側から撮影。左が舞台。右が2階、3階客席。4階は設備だけで客席はありません。シートは青でいかにもドイツらしい無機的な色合いですが、落ち着く空間に仕上がっています。
中央下:地上階のカフェの風景。ドイツの劇場は、エッセンに限らずカフェが広いのは素晴らしいことです。特に終演後にはメロディーを口ずさみにくいような現代作品の場合、幕間にカフェで仲間と語り合う時間は貴重です。2階にメインのカフェがありますが、立ち席が主になっています。
右下:2階カフェの脇から撮影した風景。芝生の向こうに見えるのがエッセンのフィルハーモニー。シューボックス型のコンサートホールです。残念ながら、私はオペラばかり観ていて、フィルハーモニーには足を踏み入れていません。写真中央に縦長の模様が入っているのは、自然採光の窓からの光が反射したものです。

〈本文〉
 今日はエッセンのアールト劇場でマルティヌーの『ギリシャ受難劇』を観ます。このエッセンのアールト劇場は、ドイツに数あるオペラハウスの中でも特に皆さんに御紹介したい劇場の1つです。日本にもこんな劇場があったらと、訪れる度に思います。建築の素晴らしさはもとより、客席数1300という歌手に負担のかかり過ぎない設定が良いのです。日本は最初に採算ありきですから、この座席数の劇場は日生劇場くらいです。日本の歌手が育ちにくい原因の一つはこの座席数にもあると考えています。一方で、新しい劇場ですので、ピットは広く、深さも自在に設定できるようになっています。この劇場、本当にお勧めですよ!
 エッセンはケルンからICやICEで1時間弱、かつては鉄鋼業で栄えた街だと聞きます。新しい劇場であるアールト劇場も既に築25年ですが、ドイツらしい装飾過多ではない設計の中で曲面を多用している点、自然の採光によってロビー空間の居心地が良い点などが特色です。オペラの上演水準も高いことで知られています。かつてはN響によく来演したハインツ・ワルベルク(ヴァルベルク)がGMDを長年務めました。その後、近年では新日本フィルに客演しているヴォルフ・ディーター=ハウシルトがGMDを務めた時に第1カペルマイスターだったのが上岡敏之です。20世紀末から21世紀初頭にかけては長らくシュテファン・ショルテスがGMDを務め、特に後半はインテンダントも兼任していました。私は、ショルテス時代に『ルイーザ・ミラー』『ナクソス島のアリアドネ』『イェヌーファ』『タンホイザー』『薔薇の騎士』を観ており、今回が6回目、久しぶりの来訪です。現在はチェコの俊英トーマス・ネトピルがGMDを務めて新時代を築いています。
 なお、オーケストラ(エッセン・フィルハーモニー)はマーラーの交響曲第6番「悲劇的」を初演した楽団としても知られています。
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2016年春 ドイツの旅 (5)

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エッセンへ

〈写真解説〉
左:ドイツの新幹線ICEの運転席。旧型のICEは先頭車両と最後尾車両が機関車でしたので、こういう風景はあり得ませんでした。今日の運転士さんは女性のようです。ドイツでは運転士だけでなく女性のパイロットも日本よりもたくさんいて、男女差が少ないと感じます。
中:エッセン中央駅の風景。いかにも西。旧西ドイツの中でも最も豊かな地域です。
右:駅前のOstermarkt(復活祭市場)の風景。ちょうど雨が降り出して人が少なくなってしまって賑わいの感じられない写真になってしまったのが残念です。買い物については後ほど紹介しましょう。

 ヨーロッパは今日から夏時間。時間の勘違いに要注意の1日です。8時58分ヴァイマール発の列車でエッセンへ移動。今日はエッセンでマルティヌーの『ギリシャ受難劇』の上演があるので、どうしても観たいのです。この作品、後ほど詳しく書きますが、まだ日本では一度も上演されていませんけれど、オペラ、あるいはミュージカル等の他のジャンルも含めて音楽劇の持つ可能性を追求した素晴らしい作品であり、また、今の時代に欧州の人にとっても、日本国憲法が危機にさらされている日本人にとっても大きなメッセージ性を持ち得る作品です。
 それはともかく、途中、エアフルト、フランクフルト空港、ケルンで3回乗り換え。ドイツの鉄道の正確さを考えるとどこかで乗り継ぎに失敗する覚悟は出来ていましたが、幸いに今日はケルンの5分乗り継ぎも含めて全て時間通りに列車が動いてくれて幸運でした。
 フランクフルト空港からケルンへのICEはホームの端まで歩かされて先頭車でしたが、運転席の写真が撮れたので良しとしましょう(降りる直前にもう一度、運転席の車窓からケルン大聖堂が見える写真を撮ることが出来ましたが、携帯で撮ったので、帰国後に追加でアップします)。
 エッセンの駅前ではOstermarkt(復活祭市場)が開催されていました。
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2016年春 ドイツの旅 (4)

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大収穫だったドイツ国民劇場の『薔薇の騎士』再見

〈写真解説〉
上:チケット。一番下に「時間、それは奇妙なもの」という第1幕後半の元帥夫人の歌詞が印字されているのがさりげなくお洒落。下:配役表。Sayaka Shigeshimaが読み取れるようにトリミングしました。

 17時45分頃にドイツ国民劇場に到着。『薔薇の騎士』を当日券で観る。去年はもっとギリギリに到着したけれど、奥さんが来られなくなってチケットを持てあましているという人が前から3列目(1回券の定価は65ユーロ)を30ユーロで買ってほしいというのに乗って、すごく良い席で観ましたが、今年は売りに来ている人は見当たらなかったので、普通にチケットを購入。手頃な価格の3階席へ。下から2番目のランクの28.7ユーロの席、3階5列目のほぼ真ん中にしました。新国立劇場の4階席と違って、ちゃんと舞台は隅々まで見えます。
 去年も買ったけれど今年もプログラム(2ユーロ)を買い、席に着いて去年と同じ演出だし、指揮者も配役も大差ないだろうと思いながら配役表を見てびっくり。なんとオクタヴィアンを歌っているのがSayaka Shigeshimaさんという日本人ではありませんか!『薔薇の騎士』という作品を御存知の方には釈迦に説法ですが、オクタヴィアンはこの作品の主役で婚約の印の「銀の薔薇」をファーニナル家に届けて、結局はファーニナル家の令嬢ゾフィーと結ばれることになる主役です。元帥夫人は第1幕と第3幕だけ、ゾフィーは第2幕から登場しますが、オクタヴィアンは最初から最後まで出ずっぱりの大役です。もう1つ言えば、メゾ・ソプラノというのは、日本人で世界的に通用する人があまり出て来ていない、ドイツと日本でオペラを観ていると落差を感じる声域なので、それを日本人が歌っているなんてすごい!いったいどんな人なのだろうと思いました。時差と闘うヨーロッパ初日の夜ですが、これだけで眠気が吹き飛びました。
 ヴァイマールの『薔薇の騎士』の舞台は、ヴェラ・ミネロヴァという女性の演出家によるもので、第1幕の幕開きが元帥夫人とオクタヴィアンの情事を覗き見する執事の姿から始まる等「覗き」の場面を多用して、この作品のコミカルな側面を強調した演出です。もともと貴族の世界に「覗き見」は付き物です。主人の情事を知っていても口外しないのが家来の役どころ。これはオペラでも日本の古典の『源氏物語』でも変わりません。『薔薇の騎士』の場合、脇役のヴァルザッキやアンニーナも覗き見をして事情通だからこそ暗躍するわけですよね。
 元帥夫人のラリッサ・クロキーナは、この日は第1幕後半の独白の部分で声がしっかりと身体に響いていない感じが今一つでしたが、第3幕はなかなか良い声でした。ゾフィー役のエリザベート・ヴィンマーは第2幕の登場直後が少し不安定でしたが、尻上がりに調子が上がって行きました。対するオクタヴィアンの重島清香さんは、日本人らしい生真面目さで第1幕から第3幕までしっかりと歌っていて安定していました。ズボン役の男の演技や歌い回しの味というのはまだまだこれからだと思いますが、アンサンブルの足を引っ張る瞬間が皆無なのは素晴らしいと思いました。
 稿を改めて書きますが、日本人の音楽家の方の活躍を知って書こうとすると困るのが、お名前の表記です。現地のプログラムにはローマ字表記しかありませんから「しげしま」さんも「さやか」さんもどんな字なのかわかりません。重島さん、ローマ字表記でも同姓の方は少ないと思いますが、「清香」の字でさやかさんは珍しいですよね。終演後に御本人にお会いして確認しないと書けません。最初は終演後に楽屋口でお待ちしようかと思ったのですが、ふと思いついて、3幕の開幕前にピットの上から日本人のオーケストラ団員の方にお声をかけて、終演後にコンタクトをお願いしました。そんなこともあり、第3幕だけは空席の目立っていた1階2列目で図々しく聴かせてもらいました。
 この日の第3幕最後の3重唱は実に心地よい出来栄えで素晴らしい時間でした。オクタヴィアンが「Marie Therese」と歌い始める直前の休符がこの日は特別に長く、その瞬間に歌手もオーケストラも気持ちが1つになったように思います。GMD(音楽総監督)のシュテファン・ゾリョン(Stefan Solyom)、劇場の指揮者として良い仕事をしたと思います。こういう雰囲気で歌手の調子が良いと、ドイツの劇場のオーケストラっていうのは上手いんです。オケのメンバーも全員自分の持っている一番良い音が自然と出て来て、瞬間的にはベルリン・フィルにも負けないくらい上手い。私は、重島さんへの感情移入もあって、元帥夫人が「In Gottes Namen !」と三重唱を歌いきってティンパニーのロールが入る瞬間に思わず落涙してしまいました。後で聞けば、今日はこのプロダクションの最終日(今のところ来シーズン以降の再演の予定はない)だったのだそうで、舞台に上がっていた人たちの特別な思いが結集した瞬間に立ち会えたのは本当に幸せでした。
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2016年春 ドイツの旅 (3)

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時差は大の苦手!

 ホテルの部屋は15時からチェックインできるので、水やパンを買いながら駅前のホテルに戻り、部屋で少し昼寝。何しろ時差の関係で今日は1日が32時間もあるのだ。時差が苦手な上に、今日のオペラは18時開演の22時15分終演予定。日本時間だと27日(日)午前2時開演の午前6時15分終演で真夜中にオペラですから、寝ないようにすることが最大の課題で、市内観光は制約を受けることになるわけです。
特に今回は、昨年夏のイタリア旅行の後に2回目の左足大腿部の深部静脈血栓症をやった後なので、今は抗血栓薬を飲んでいるから大丈夫とは思っても、飛行機の中ではいくら飲んでもほとんど眠れずに苦しんだので、どうしてもここで睡眠をとっておく必要がありました。午前1時発の深夜便で周囲はほとんどがぐっすり眠っている中で1人で悶々と飲み続けるのも苦しいものですよ。
ちなみに眠気対策に、今回はタリーズブラックを10本以上持って来ました。ヴァイマールの劇場で昨年『ばらの騎士』を観た時は2度の幕間にコーヒーを飲みましたが、他のお客さん達はほとんどコーヒーを飲む人がいなくて、2幕の後のコーヒーなんか、たぶん開演前からずっとポットの中に残っていてぬるくなっていましたので、あんな物にお金を払うくらいなら日本の缶コーヒーの方が安上がりだし、キャップがしっかりしていて飲み残しも可能っていうわけで、多少行儀が悪いかもしれませんが、手提げかばんに缶コーヒーとドイツ語の辞書を入れての劇場通いです。昨年夏にヨーロッパをドライブ旅行した時に日本から持参した缶コーヒーが重宝したというのもあるんですけどね。
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2016年春 ドイツの旅 (2)

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〈写真解説〉
上2枚は市立博物館前の看板。縦長なので2枚に分けました。下の写真はエーベルトの肖像画ですが、その右奥にドイツ国民劇場が描かれています。小さいけれど、ゲーテ&シラー像が小さく描かれているので解ると思います。3枚目が図録の写真。ホテルの部屋でストロボを発光させたので見づらいかもしれませんが御容赦ください。

 昨年訪れた時にも、旧市街にヴァイマール憲法に関する記念碑などを見かけなかったので、今回はどこかにないか探してみたいと思っていた。市立博物館の展示で、ヴァイマール憲法制定のための話し合いは、国民劇場で行われていたことを知った。ゲーテとシラーの銅像だけでなく、やっぱりヴァイマールの国民劇場は、本当に訪ねる価値のある劇場だと実感する。実は、今晩はヴァイマールに来ようか、それともメンヒェングラッドバッハというデュッセルドルフ郊外の街の劇場で『ばらの騎士』を見ようか、はたまたエッセンに連泊して『エレクトラ』を見ようかで迷ったのだけれど、ヴァイマールで国民劇場を訪ねる計画を立てて本当に良かったと思った。
 展示では、国民劇場に入るエーベルトの写真もあったが、鉤十字の旗で覆われた国民劇場でナチスの大会が行われてヒトラーが右手を掲げているおぞましい写真もあった。第一次大戦後の民主主義の出発点となったこの街もまた、その数年後にはナチスが大きな勢力を持つに至ったのである。
 市立博物館は、ゲーテ博物館と違って見学者は少なかったので、じっくりと見ることが出来た。展示の図録9.8ユーロを買い、ドイツのパブリックな場所では比較的珍しい自動販売機のコーヒー(50セントだったけれど味はまあまあ。ちゃんと挽きたてをドリップしてくれるもの)を飲みながら図録を眺めて休憩。とても貴い時間を過ごしたと感じた。
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2016年03月27日

2016年春 ドイツの旅 (1)

017a.jpgヴァイマールへ
3月26日(土) その1
 午前1時05分羽田発のANA203便でフランクフルトに飛ぶ。定刻より早くドアが閉まって出発したが、若干遅れてフランクフルト空港に5時30分くらいに到着。入国して駅でコーヒーを飲みながら8時まで時間をつぶし、8時11分発のライプツィヒ行きのICEでエアフルトへ。そこでローカル線に乗り換えて11時2分にヴァイマール駅に到着した。
 日本時間だと19時02分になる。思えば、前日19時30分くらいまで学校で仕事をしていたから、24時間かからずに仕事場から別世界のドイツの古都ヴァイマールに移動したことになる。
 ヴァイマールに着いて驚いたのは、警察がいっぱいいたことだ。ネオナチみたいな人たちの集会があるからのようで、郵便局にエアメールを出しに行ったら、郵便局前のゲーテ広場は集会に参加する主に若者たちと、それと同じくらいの数の警察がいて、ちょっとものものしい雰囲気だった。
 今回も昨年に引き続きヴァイマールに来たのは、昨年は鉄道の遅れなどで劇場でオペラを見るだけになってしまい、街歩きの時間が取れなかったからだ。ホテルにチェックイン出来る15時まで市内散策を楽しむ。ゲーテとシラーの銅像で有名なドイツ国民劇場前に行ったら、復活祭だからか、花が飾られていた。シラーの家だけは去年訪ねたので、今年はゲーテ博物館と思っていたが、ショップで博物館のガイド(英語版)を買うたけにして、マルクトでチューリンゲン風焼きソーセージ(2ユーロの店と2.5ユーロの店と2本食べたがどちらも美味しかった)で昼食を済ませて、郵便局近くの市立博物館で「Demokuratie aus Weimar(ヴァイマールからの民主主義)」という展示を見ることにした。
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2016年01月01日

ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート 2016

 今年もテレビでウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを楽しんだ。マリス・ヤンソンス指揮の今年は、とりわけ面白かったように思う。

1.マリス・ヤンソンスの魅力
 ヤンソンスの指揮の巧みさを存分に味わうことが出来た。「ニューイヤー・コンサートは誰が振っても大差ない」と感じる年もあるが、今年はそうではなかった。じっくりと歌わせながら、ワルツ特有のリズムは印象深く聴かせるヤンソンスの指揮の巧みさが光っていた。それだけではない。ニューイヤー・コンサートでは初めてという曲を半分近く取り上げるというのも、単に「同じ曲の繰り返しではつまらない」というだけではなく、ウィーン・フィルのメンバーをリハーサルから本気にさせるための仕掛けでもあったと思う。
 ニューイヤー・コンサートのプログラムは、ワルツの他、ポルカやギャロップなど様々な曲種で組み立てられているわけだが、ワルツに限定して発言するならば、たっぷりと歌わせるところは歌わせていて、フォルテになって(例えばトロンボーンが入って来て)もじっくりと演奏し続けているところが、余人にはなかなか真似の出来ないところだと思う。また、後半の「皇帝円舞曲」や「美しく青きドナウ」などの「タタタンタンタン」というお決まりのリズムが綺麗に決まっているところなどにも感心した。
 ラデツキー行進曲の後、聴衆が総立ちになっている光景も印象深かった。

2.NHKの中継番組の面白さ
 過去のニューイヤー・コンサートについてのライナー・キュッヘル(元ウィーン・フィルのコンサートマスター)へのインタビューが短いけれども面白かった。共演して印象に残る指揮者を聴かれたキュッヘル氏は、「マゼールのポルカ・マズルカのテンポが絶妙だった」という趣旨の発言をしていた。これは私には予想もつかなかったものだ。(正直に告白すれば、私は「カルロス・クライバーは面白かった」といった発言を期待しながら見ていた。そういう方は少なくなかったに違いない。)拙文を読んでくださっている皆さんの中でも、「ポルカ・マズルカ」のテンポはかくあるべしと持論を展開できる方は少ないに違いない。「ポルカ・マズルカ」というジャンルについて勉強してみたいと思わせる発言だった。

3.ヤンソンスも歳を取った!
 失礼ながらマリス・ヤンソンスも歳をとったものだと感じた。父のアルヴィッド・ヤンソンスの最後の来日を聴いている私は、マリスが、アルヴィッドが亡くなった年齢を既に越えていることに妙な感慨を覚えた。持病を抱えているマリスだが、元気で少しでも長く指揮を続けてくれたらと願う。
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2016 謹賀新年

KIMG0887.jpg明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

ここ数年、Blogの更新回数が少なくなっていますが、今年は定期的な更新が出来るようにがんばってみようと思います。
写真は今年も詣に参詣した北野天満宮の今年の絵馬です。

英楽館主
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2015年12月31日

2015回顧

2015年 回顧

〈私の音楽ベスト10〉
1 藤原歌劇団 ヴェルディ:『ファルスタッフ』(1月25日、東京文化会館大ホール)
2 東京二期会 ヴェルディ:『リゴレット』(2月19日〜22日、東京文化会館大ホール)
3 レイフ・オヴェ・アンスネス&マーラー室内管 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2・3・4番(5月15日、東京オペラシティ・コンサートホール)
4 アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィル他 プッチーニ:『トゥーランドット』(5月18日、サントリーホール)
5 フランソワ・グザヴィエ・ロト指揮読売日本交響楽団 ハイドン:『十字架上のキリストの7つの最後の言葉』管弦楽版
6 大野和士指揮東京都交響楽団他 B.A.ツィンマーマン:『ある若き詩人のためのレクイエム』(8月23日、サントリーホール)
7 ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団、藤村実穂子(アルト)他 マーラー:交響曲第3番(9月12日、サントリーホール)
8 ペーター・ダイクストラ指揮スウェーデン放送合唱団 マルタン:二重合唱のためのミサ曲他(10月20日、東京オペラシティ・コンサートホール)
9 神奈川県民ホール40周年記念公演、下野竜也指揮、小森輝彦他 黛敏郎:歌劇『金閣寺』(12月5日)
10 ポール・ルイス リサイタル ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30・31・32番(12月17日、王子ホール)
〈コメント〉
今年は、昨年に比べると数多くの公演を聴くことが出来た。その中から10点を選んだ。1は、アルベルト・ゼッダの指揮も折江忠道のタイトル役も素晴らしかった。ゼッダは7月の『ランスへの旅』も元気に指揮してくれた。この人の演奏を聴く機会は本当に貴重だ。
若手のバッティストーニの快進撃も凄かった。ベスト10には『リゴレット』と『トゥーランドット』のみを挙げたが、東京フィルとの『展覧会の絵』や年末の第九も、よくぞここまでと堪能させてくれた。
アンスネスは、適切な仕事量をキープしながら、質の高い仕事をしている。ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲のツアーは、2〜4番の回だけを聴いたが、特に第3番の充実ぶりが目を惹いた。ピアニストでは、7月にラルス・フォークトを聴いたが、精彩を欠いた。ポール・ルイスのベートーヴェンの3つの最後のソナタは10月の予定が12月に延期された公演。技術と知性のバランスが高い水準で実を結んだ演奏。特に第31番のフーガで反行へと進む瞬間が忘れ難い。ピアノでは、10月27日(火)の小菅優のリサイタルも記憶に残る。制作担当者はベートーヴェンの3つの最後のソナタを打診したが、彼女から返って来た答えは、ベートーヴェン、ブラームス、ショパンのそれぞれ作品10を弾くというものだったそうだ。常に自分の視点を持って演奏活動をしている彼女の軌跡に大きな魅力を感じる。小菅は7月のベートーヴェンの協奏曲第1番も良かったが、これは、グスターヴォ・ヒメノ指揮の群馬交響楽団が冴えなかったのので選外。
 オーケストラでは、先に挙げたバッティストーニ&東京フィルの他、ジョナサン・ノット&東響に、演奏そのものだけでなく、企画性も含めて豊かな体験できる公演が多かった。大野和士と都響他の顔ぶれによるB.A.ツィンマーマンの『ある若き詩人のためのレクイエム』は、演説などの録音もコラージュされた複雑な作品だが、聴く者に、20世紀を振り返る意志を喚起してくれる不思議な力を持っていた。
 スウェーデン放送合唱団は、都響定期公演でのモーツァルト『レクイエム』等の公演も2日とも聴いたが、無伴奏での単独の演奏会が抜群。黛敏郎『金閣寺』の再演は、岩城宏之指揮での演奏を越える力演で、黛の作品が持つエネルギーの大きさを体感させてくれた。

 最後に、クラシック音楽の話題からは逸れるが古典芸能の世界で今年亡くなられた方々について一言。能シテ方の片山幽雪、小鼓の曾和博朗、歌舞伎脇役の中村小三山、市村鶴蔵など、忘れ難い舞台を残した方々が世を去られた。
浄瑠璃に軸足を置く私にとって特に残念なのは竹本源大夫だ。平成元年5月国立小劇場、織大夫時代の『菅原伝授手習鑑』「丞相名残の段」の格調の高さ、綱大夫時代最後の頃の国立文楽劇場での『妹背山婦女庭訓』「妹山背山の段」の定高の品格、近松物での語りの数々など、今後、彼を越える語り手が出るかと思われるほどの語りを幾つも遺してくれた。晩年、声量が衰えて冴えない舞台も少なくなかったことが残念だが、芸格という視点では7世住大夫以上に人形浄瑠璃文楽の歴史に足跡を残した大夫である。
そして、残念でならないのが坂東三津五郎。彼自身の舞台を見られなくなっただけでなく、多くの歌舞伎役者が彼から教わる機会が奪われてしまったことは、歌舞伎界にとってとてつもなく大きな損失だ。八十助時代からの三津五郎の真摯な舞台を知る者の1人として、これからも語り伝えたいと思う。
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