2012年05月05日

2012年3月 ドイツ旅の記 その13 カールスルーエでの晩餐

3月28日(水) F カールスルーエでの晩餐
 今晩は、オペラやコンサートの予定は入れず、カールスルーエで会食。初日にもお会いしたHさん御一家、バーデンバーデン・フィルのコンサートマスターを務めるIさんの御一家、そしてHさんの奥さまの元上司で、今は御近所で年金生活を送っておられるライナーさん、子どもたち3人と私を含めて総勢8名。Hさんが予約してくださったイタリア料理店Pomodoroで食事やワインを楽しむ。Hさんのお勧めだけあって美味しい。私は「本日のお勧め」の1つ、ホタテとイカとタコのスパゲッティにしたのだけれど、タコは柔らかくよく火が通っていて、ホタテは半生、そして麺が美味しい。おそらく手打ちスパゲッティの乾麺をやや硬めにゆでたものだと思う。ドイツでこんなイタリアンが食べられるとは思ってもいなかった。
 カールスルーエには何度来たか自分でも数えられないほど来ているが、今回の店PomodoroがあるWaldstrasseに来たのは初めて。いつも劇場と駅の間を往復することが多かったが、このWaldstrasseには粋なレストランが他に何軒もある。近くのヨーロッパ広場(Europaplatz)は、大勢の人で賑わっていてカールスルーエでは一番の繁華街という感じだが、そこから一本入ったこの通りは、とても居心地良く食事が出来そうだ。
 最近思うのは、せっかくドイツに行っても、オペラばかり見ていたら、ドイツの人の生活や現在のドイツの文化は見ないままになってしまいがちだという点だ。私の旅も、移動が多くてゆっくりはドイツの現在に触れていないけれど、この日は1日、存分に旅を楽しんだように感じたし、何があるというわけでもないカールスルーエという町がますます好きになった。
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2012年05月02日

2012年3月 ドイツ旅の記 その12 ヴォルムス訪問記(5止)

P1000427.JPG3月28日(水) E ニーベルンゲン博物館

 ヴォルムスは小さな町だが、古い町なので、一通り何でもある。シナゴーグも古くて立派なものがあるようだが、今回は時間の関係で割愛して、最後にニーベルンゲン博物館に行く。ところどころに残る古い市壁の1つが博物館になっていて、写真の新しいアルミニウム製の建築物の部分と古い塔の中が展示室で、ジークフリートの生涯について解説されている。オーディオ・ガイドは5.5ユーロだが、全部聴くと2時間かかるそうなので、今回は展示をざっと見て回るだけにした。そうすると入場無料。当地のフェスティヴァルで上演された演劇「ジークフリートの生涯」のDVDを買って、日本に帰ってからゆっくりと見ることにした。
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2012年3月 ドイツ旅の記 その11 ヴォルムス訪問記(4)

P1000424a.JPG3月28日(水) D ライン河畔の市の門

 ヴォルムスの市街から延びる道をライン川まで行くと、古くて立派な市の門がある。川の左岸だ。おそらく、ここは、昔は市に入る人を改めたり税金を取ったりした関所などの機能も果たしていたのだろう。詳しいことはわからないが、基礎部分の石組みの様子からは、どうやら戦後の再建には見えない。もしかして、中心街とは異なって第2次大戦の爆撃を逃れたのだろうか?あるいは徹底的な破壊までは免れて、古い基礎に上層部のみ再建したものであろうか。せっかくなので、ビールを飲んだ後、門の下まで行って階段で登って、門を通って市街へ戻った。
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2012年3月 ドイツ旅の記 その10 ヴォルムス訪問記(3)

P1000421.JPGP1000411a.JPG3月28日(水) B ハーゲン記念碑
 ところで、ヴォルムスに来てから知ったことだが、『ニーベルンゲンの歌』の物語で英雄ジークフリートがラインへの旅に出かける時に、ライン川のどこにたどり着いたのかと言えば、ヴォルムスなのだそうだ。ツーリスト・インフォメイションでもらった案内パンフレットを参照して、ライン河畔のハーゲン記念碑まで行ってみた。街の中心部から1キロ弱あるが、ちょっとした散歩になるし、天気が良かったので苦にならなかった。ハーゲン記念碑は20世紀初めに作られたもので、ハーゲンがニーベルング族から奪った宝を楯の上に乗せて肩にかついでいるというもの。ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』とは違った物語である。
 ヴォルムスの駅に着いたのが12時30分で、14時40分の列車に乗ろうと思って時間を気にしながら歩き回っていたが、記念碑の前には店が並んでいて、みんな、ライン川を眺めながら、食事を楽しんでいる。その光景を見たら、自分もここで昼食を楽しまない手はないと思って、一番南側にあった「ハーゲンブロイ」という地ビールを売り物にしたガストハウスでビールと焼きソーセージを楽しむことにした。今晩宿泊するカールスルーエに直行する次の列車は2時間後。せっかくだから大ジョッキ(1リットル)を注文して、思い切り飲む。昼間に外で直射日光を浴びながら飲むからか、それとも悪漢ハーゲンの名を冠する酒だからか、よく酔いが回った。ソーセージの味は特に良いわけではないが、ビールはとても美味い。ワーグナー好きの方なら、この近辺、例えばフランクフルトやマインツ、マンハイムなどでのオペラの合間に訪ねるには悪くないだろう。また来たいと思いつつ、ライン川を背に街へ戻った。
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2012年3月 ドイツ旅の記 その9 ヴォルムス訪問記(2)

P1000405a.JPGP1000406a.JPG3月28日(水) B ルター記念碑
 大聖堂以外の宗教改革に因む名所として、次に、マルティン・ルターの記念碑に行ってみた。記念碑の周囲の広場は、町の人たちの憩いの場になっている。写真の中央がルター。台座には四方にルターの言葉が刻まれている。それだけではなく興味深かったのは、ルター像を囲む四方の内壁にドイツの様々な都市や領邦のマークが刻まれていたことだ。これらは主にシュマルカルデン同盟に加わっていた諸都市・領邦で、リューベックやハンブルクのようなハンザ同盟の都市の他、「シュマルカルデン」というマークもあった。そういう都市もあったのだろうか。シュマルカルデン同盟の参加都市以外では、現在ではバルト三国のラトヴィアの首都となっているリガも含まれていた。
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2012年3月 ドイツ旅の記 その8 ヴォルムスへ

P1000402a.JPGP1000401a.JPG3月28日(水) A ヴォルムス大聖堂を訪ねる

 シュトットガルトからヴォルムスへ行くにはマンハイムで乗り換える。マンハイムまではICEだが、マンハイムからは各駅停車で25分くらい。ちなみにマンハイムからの距離もだいたい25キロくらいである。ヴォルムス中央駅に降りたが、駅前には何の案内もない。大聖堂への道を訊ねながら歩く。
 ヴォルムスに来たのは、もちろん、宗教改革当時の「ヴォルムスの帝国議会」の地だからだ。「帝国議会」が開かれた跡が残っているわけではないが、大聖堂は、ライン川中流域の聖堂としては、マインツやシュパイヤーと並ぶ三大聖堂に数えられていて、一見の価値があるだろう。この小さな町で重要な会議が開かれた理由は、おそらく2つだろう。1つはもちろん、ヴォルムスがライン川に面した町で交通(水運)の便が良かったこと、もう1つは1500年に大聖堂が完成していて、当時としては宗教的な会議への態勢の整った町の1つだったことではないかと思う。見学の記念に、大聖堂のオルガンで演奏したCDを絵葉書と一緒に買った。今回は、バッハではなく、他ではあまり見かけないローベルト・シューマンの「オルガン音楽全集」を選んだ。
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2012年3月 ドイツ旅の記 その7 博物館ヘーゲルハウス

CCF20120502_00000a.jpg3月28日(水)@ 博物館ヘーゲルハウス
 朝、ホテルをチェック・アウトする前に買い物に行く。シュトットガルトには、旧市庁舎の近くにニュルンベルクの老舗の菓子屋レープクーヒェン・シュミットの支店があり、日本への手軽なお土産を買いたかったからだ。その帰りに、信号待ちをしていてふと気づいたのがこのヘーゲル博物館。急いでいたので、ほんの短い時間だけだが展示を見た。哲学者ヘーゲル(1770〜1831)は、シュトットガルトに生まれたので、その住居跡が博物館になっている。展示はヘーゲルの生涯についての解説が中心。私のような者がヘーゲルの哲学を理解するのは容易ではないが、それでも、機会を見つけることが出来たら、まずヘーゲルの伝記を読んでみるのも良いのではないかと思えたのが収穫。入場無料。開館時間は10時から。月・火・水・金は17:30まで、木曜は18:30、土曜は16:00に閉館。日曜日は休館。
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2012年05月01日

シェーンベルク『幸福な手』&ヤナーチェク『運命』

2012年3月 ドイツ旅の記 その6

3月27日(火) 19時30分 シュトットガルト州立劇場

シェーンベルク:『幸福な手』
 男:石野繁生
 6人の女と6人の男:シュトットガルト州立歌劇場合唱団員
ヤナーチェク:『運命』
 ジヴニー(作曲家):ジョン・グラハム=ホール
 ミーラ(ジヴニーの恋人):レベッカ・フォン・リピンスキ
 ミーラの母:ロザリンド・プロウライト
 スダ博士:ハインツ・ゲーリッヒ
 画家ルホツキー:カール=フリードリヒ・ディル
マヨロヴァー婦人:シャンシャン・ヴァン
 ドウベク(ジヴニーとミーラの息子):ヴィンセント・フリシュ(第2幕)
                  マルク・シュヴェンライン(第3幕)

指揮:シルヴァン・カンブルラン
演出:ヨッシ・ヴィーラー、セルジオ・モラビト
舞台:ベルト・ノイマン

 今回は、偶然だが珍しい2本立てのプロダクションを2つ見た。シュトットガルトの2本立ては、シェーンベルクとヤナーチェクの上演機会の少ない2つの作品を、「芸術家の妄想を扱った自伝的ドラマ」という1つのテーマで捉え、併せて上演するという性格のもの。私も、『幸福な手』は初めて生で聴いたし、『運命』も演奏会形式(ゲルト・アルブレヒト指揮読売日響の日本初演)でしか聴いていないため、舞台で見るのは初めてだ。

 演出のヨッシ・ヴィーラーとセルジオ・モラビトは、11年前のシュトットガルト・リングで『ジークフリート』の演出を担当して以来、その活躍ぶりを耳にしていたが、私が2004年以降高校教員になって渡欧の機会が減り、なかなか実際の舞台に接する機会が得られずにいた演出家。今回は、奇抜なアイデアで2つの作品を結びつけることに成功していた。『幸福な手』は、もともとオペラとしてではなく、音楽つきの場面として作曲されたもので、作曲者自身は映画とのコラボレーションを念頭に置いていたものだ。上演時間は20分あまりだから、短過ぎてプログラムに組み込みにくいのである。一方、ヤナーチェクの『運命』は彼の出世作と言える『イェヌーファ』の次に手がけられた全3幕のオペラ。作曲家のジヴニーが主人公で、彼には、相思相愛だったにもかかわらず別の男と結婚させられたミーラとの間に、1人の息子がいる。第2幕の後半、狂乱したミーラの母がベランダから転落死する際に、ミーラも巻き添えになって死んでしまうという展開が強引で、音楽にはヤナーチェク特有の強い説得力があるものの、台本に致命的な問題がある作品というのが私の印象だった。

 個々の作品の印象は変わらないが、2つを併演すると、テーマ性によって、特に後半のヤナーチェクの台本の欠陥がさして気にならなくなって来る。ヨッシ・ヴィーラーとセルジオ・モラビトは、『幸福な手』で巨大な女性の裸体の人形のような装置を使い、芸術家の妄想の性的な側面を鮮やかに視覚化して見せた。人形には立派な乳房があるが、顔は「のっぺらぼう」だ。つまり特定の人物としてではなく、一般論として男性の妄想の対象としての女性を表現している。「男」が巨大な布製の人形の腹の上で演技をすると、人形は凹んだり動いたりするが、その動きは、まるで性行為そのもののように見え、客席には失笑が漏れる(シュトットガルト州立劇場のホームページで写真が見られるので参照してもらいたい)。最後には痙攣して倒れる(=死ぬ?)この「男」役は石野繁生が体当たりの熱演をしていた。
 一方、ヤナーチェクの『運命』では、演出は特別に大胆な箇所があるわけではなく、基本的にはリアリズム的。ただ、一部、歌詞は原作のままだが歌う人物を置き替えている箇所があり、第3幕では、息子ドウベクが亡き母の幻影を見るという台本を変更して、息子が亡き母の姿で現れた姿を見て気を失うという設定に変えられていた。前幕『幸福な手』で失笑した感覚(とりわけ舞台との心理的な距離感)が身体の中に残っていると、『運命』第2幕の強引な筋の展開も、ある程度冷静に、距離感を保ちつつ見ることが出来て、「えっ?何だいその展開は?そりゃあ、いくらなんでも無理でしょう?」という心理的な抵抗が薄れる感覚が面白かった。
 また、指揮のシルヴァン・カンブルランも、その個性をよく発揮していたと思う。『幸福な手』では、精緻な演奏を聴かせる一方で、『運命』では、特に6拍子を使っている箇所の音楽の運びの巧みさで、ジヴニーやミッラの情熱的な性格をよく描写していた。前者はカンブルランの現代作品への適性を示していて、これはよく知られているところだと思うが、後者は語法をよく知り尽くした作曲家の作品を指揮する時のカンブルランの一面を示すもので、ヤナーチェクだけでなくカンブルランを知る上でもとりわけ興味深かった。
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2012年04月24日

カンブルラン指揮読売日響 フランク 交響曲ニ短調

4月21日(土) 18時 サントリーホール
シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団
サクソフォン:須川展也

(メシアン:微笑み)
(イベール:3つの小品 [読売日響メンバーによる木管五重奏])
(同:アルト・サクソフォンと11人の奏者のための室内小協奏曲)
フランク:交響曲ニ短調

 土曜日も授業の私立学校に勤める者として、土曜日だから18時開演と言うのは、実に腹立たしい。この日は保護者会。何とか終わらせて、学校を出て大宮駅に着いたのが18時10分。次の上野行きは18時22分ということで、迷わず18時15分発の新幹線に乗る。¥1,580の出費は結構痛い。新橋からタクシーを飛ばしてサントリーホールに到着したら、イベールはサクソフォンのアンコールがあって、ちょうど休憩に入るところだった。新橋からは地下鉄でも後半に間に合った。

 そこまでして聴くかと言われてしまいそうな行動だが、フランクの交響曲1曲だけでも十分に聴き応えがあった。冒頭の1小節を聴いただけでも、息の長い呼吸感があり、全体に行き届いた演奏を期待して「無理をして良かった」と思ったほどだ。単に暗さだけを強調して聴き手に緊張感だけを強いながら開始するのではなく、聖堂に足を踏み入れた者が荘厳な雰囲気の中で呼吸を整えるかのような、長く深い呼吸が感じられたのである。フランクの交響曲と言えば、曲目解説では「循環形式」が付き物のように指摘されるが、その本質を語るにはカトリシズムの法悦感について考察することが欠かせないのではなかろうか。その点、同じオルガニストとして活躍したブルックナーと共通する何かがこの交響曲の響きには感じられる。
 とりわけ第1楽章のコーダの長いクレッシェンドの頂点から下降音型を繰り返すところでのフォルティッシモの音が天上から降って来るような感触など、カトリックの高い尖塔から降って来る響きが作曲者の念頭にあった箇所ではないかと思うのだ。(こうした感覚は、残響のあるホールの1階席でないと味わいにくい。かつて若い頃は天井桟敷専門でわからなかったが…)ブルックナーの場合、第7番でも第8番でもノヴァーク版でシンバルが入る箇所は上昇音型から成り立っている。ノヴァーク版の当否やシンバル追加の是非は措いて、ブルックナー自身が曲の頂点と考えた箇所が上昇音型から成ることは間違いない。フランクは、第1楽章の最後が曲の演奏時間のちょうど真ん中あたりで、ここを頂点に考えていたとすれば、音型はまったく異なることになる。また、コーダの簡潔さは、ブルックナーとは対照的だ。

 カンブルランのフランクについては、聴く前から第2楽章の中間部で退屈しないような鋭い響きが聴かれるだろう、第3楽章冒頭の和音などは小気味よいものになるだろう、等々の予想をしていた。その予想はほぼ当たっていたが、第1楽章提示部の呼吸感の深さは、私のフランクへの理解を大きく深めてくれるものだったと言っても言い過ぎではない。ドイツ、フランスと言ったお国柄に起因するものとは違った、カトリックという土台を交響曲に見出だせたので、改めてフランクのオルガン曲を聴いてみたいとも思った。
 もう1点、先日ドイツ、カールスルーエでHさんと語り合った際に、「指揮者が音楽を作れている場合とオーケストラが音楽を作っている場合」という話題になり、以来1カ月、自分が生で演奏を聴く場合に自分自身のテーマにして来た。Hさんの言いたかったことは、「指揮者が機能せず、オケが音楽を作って支えている時に、それを理解できない批評家が指揮者を褒めたりすると、演奏している自分たちの士気は下がる。(だから、批評家はそこを見抜けることが大切だ。)」ということだった。私は、下手だったとは言え、アマチュアでオーケストラをやった経験があるから、どちらかと言えばそういう問題には敏感な批評家だと思う。(だから、先日のように、現在のインバルについては極めて否定的に書く。)そして、この日のカンブルランと読売日響のフランクは、まぎれもなく、指揮者がしっかりと機能した演奏だった。第1楽章の冒頭を聴いて、フランクの作品に対する関心が深まっただけでなく、「呼吸感」というのは、いわゆる「縦の線」を合わせること等とは違って、オケのメンバー同士が演奏しながらのコンタクトで創り出して行くのは極めて難しい要素だと改めて気付いた。もともと、歌が好きだから、呼吸感のある演奏が好きだということもあるが、少し違った面からも、演奏の呼吸感について考えて行こうと思っている。

 演奏には満足したが、終演後に大変な失敗に気が付く。この日の保護者会では、
@ せっかく来ていただいた保護者の方全員に一言ずつ発言してもらうこと。
A フランクの交響曲に間に合うように終わらせること
を重視していたのだが、今年度のクラス役員の保護者を決めることをすっかり忘れて散会してしまった。新幹線代よりも高くつきそうな失敗である!!!
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2012年04月15日

シュトットガルトへ 2012年3月 ドイツ旅の記 その5

3月27日(火)

 26日(月)の夜は1人だったので、ケバブを買って、ホテルの部屋でワインとともに楽しんだ。今回の旅は、日本では見られないオペラをたくさん予定に組み込んでいるので、ホテルの部屋で過ごす時間も、資料を読むなど、やることがたくさんある。
 27日(火)朝、ホテルの朝食の部屋にあったPCでシュトットガルトのホテルの予約をしようとしたが、動きが重くて時間がかかり、効率的でないので断念。荷物をまとめて駅に向かう。この時間の無駄が1日のスケジュールに大きく響くことになろうとは、この時点では思いもしなかった。
 ザールブリュッケンは、フランクフルト空港から直行するならば鉄道で2時間くらいだが、交通が便利な場所とは言い難い。列車の本数が多くないからだ。9時39分のマンハイム行きのREに乗りたかったのだが、あいにく駅に到着したのはその列車が発車した直後。シュトットガルトまでのチケットを買って、列車の情報をもらうと1時間待ちでパリからのTGVに乗り、マンハイムでICEに乗り換えて行くという旅程で到着は13時前の予定。そこでコーヒーを飲みながらドイツ語の資料を読んで時間をつぶしてからホームに行ったが、時間になってもパリからのTGVが来ない。なんと70分遅れだと言う。その間、マンハイム行きのREはない。仕方がないからもう1時間駅で時間をつぶす。9時39分発に乗れていたら11時12分にマンハイム着でICEに乗り換えて12時ちょっと過ぎにシュトットガルトに到着だったのに、これでは到着が14時を過ぎてしまうことになる。
 結局、70分遅れのTGVとICEとを乗り継いでシュトットガルトに到着したのが14時過ぎ。駅でまず料金の払戻し(ICEは30分以上遅れると払戻しの対象になる。TGVも同様)を受けてからツーリスト・インフォメーションでホテルを探して、ホテルに到着したのは15時20分くらいだっただろうか。久しぶりにシュトットガルトの近代美術館にでも行こうと思っていたが、その機会を失してしまった。なお、ザールブリュッケン〜シュトットガルトはICEで58ユーロだが、14.5ユーロが払戻しになった。

 今回、最初に考えていたのは
3月26日(月) ザールブリュッケン 上岡敏之指揮ザールランド州立管
3月27日(火) トリアー      観光と『ピーター・グライムズ』
3月28日(水) ザールブリュッケン 『ナクソス島のアリアドネ』
という旅程だったが、27日にシュトットガルトでシェーンベルクの『幸福な手』とヤナーチェクの『運命』の2本立てという珍しいプログラムがあり、しかも、それを指揮しているのが読売日響の常任指揮者シルヴァン・カンブルランということで、シュトットガルトに足を運ぶことにした。今回は、この日に移動しなければ2度と見られないかもしれない作品だけに、苦労してでも移動すべきだったのだが、一般論としては、ザールブリュッケンに行くなら、トリアーとかルクセンブルクとか、近くの他の観光地とセットの旅程の方が列車の本数も多くて動きやすいように思う。
posted by 英楽館主 at 11:40| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする