4月21日(土) 18時 サントリーホール
シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団
サクソフォン:須川展也
(メシアン:微笑み)
(イベール:3つの小品 [読売日響メンバーによる木管五重奏])
(同:アルト・サクソフォンと11人の奏者のための室内小協奏曲)
フランク:交響曲ニ短調
土曜日も授業の私立学校に勤める者として、土曜日だから18時開演と言うのは、実に腹立たしい。この日は保護者会。何とか終わらせて、学校を出て大宮駅に着いたのが18時10分。次の上野行きは18時22分ということで、迷わず18時15分発の新幹線に乗る。¥1,580の出費は結構痛い。新橋からタクシーを飛ばしてサントリーホールに到着したら、イベールはサクソフォンのアンコールがあって、ちょうど休憩に入るところだった。新橋からは地下鉄でも後半に間に合った。
そこまでして聴くかと言われてしまいそうな行動だが、フランクの交響曲1曲だけでも十分に聴き応えがあった。冒頭の1小節を聴いただけでも、息の長い呼吸感があり、全体に行き届いた演奏を期待して「無理をして良かった」と思ったほどだ。単に暗さだけを強調して聴き手に緊張感だけを強いながら開始するのではなく、聖堂に足を踏み入れた者が荘厳な雰囲気の中で呼吸を整えるかのような、長く深い呼吸が感じられたのである。フランクの交響曲と言えば、曲目解説では「循環形式」が付き物のように指摘されるが、その本質を語るにはカトリシズムの法悦感について考察することが欠かせないのではなかろうか。その点、同じオルガニストとして活躍したブルックナーと共通する何かがこの交響曲の響きには感じられる。
とりわけ第1楽章のコーダの長いクレッシェンドの頂点から下降音型を繰り返すところでのフォルティッシモの音が天上から降って来るような感触など、カトリックの高い尖塔から降って来る響きが作曲者の念頭にあった箇所ではないかと思うのだ。(こうした感覚は、残響のあるホールの1階席でないと味わいにくい。かつて若い頃は天井桟敷専門でわからなかったが…)ブルックナーの場合、第7番でも第8番でもノヴァーク版でシンバルが入る箇所は上昇音型から成り立っている。ノヴァーク版の当否やシンバル追加の是非は措いて、ブルックナー自身が曲の頂点と考えた箇所が上昇音型から成ることは間違いない。フランクは、第1楽章の最後が曲の演奏時間のちょうど真ん中あたりで、ここを頂点に考えていたとすれば、音型はまったく異なることになる。また、コーダの簡潔さは、ブルックナーとは対照的だ。
カンブルランのフランクについては、聴く前から第2楽章の中間部で退屈しないような鋭い響きが聴かれるだろう、第3楽章冒頭の和音などは小気味よいものになるだろう、等々の予想をしていた。その予想はほぼ当たっていたが、第1楽章提示部の呼吸感の深さは、私のフランクへの理解を大きく深めてくれるものだったと言っても言い過ぎではない。ドイツ、フランスと言ったお国柄に起因するものとは違った、カトリックという土台を交響曲に見出だせたので、改めてフランクのオルガン曲を聴いてみたいとも思った。
もう1点、先日ドイツ、カールスルーエでHさんと語り合った際に、「指揮者が音楽を作れている場合とオーケストラが音楽を作っている場合」という話題になり、以来1カ月、自分が生で演奏を聴く場合に自分自身のテーマにして来た。Hさんの言いたかったことは、「指揮者が機能せず、オケが音楽を作って支えている時に、それを理解できない批評家が指揮者を褒めたりすると、演奏している自分たちの士気は下がる。(だから、批評家はそこを見抜けることが大切だ。)」ということだった。私は、下手だったとは言え、アマチュアでオーケストラをやった経験があるから、どちらかと言えばそういう問題には敏感な批評家だと思う。(だから、先日のように、現在のインバルについては極めて否定的に書く。)そして、この日のカンブルランと読売日響のフランクは、まぎれもなく、指揮者がしっかりと機能した演奏だった。第1楽章の冒頭を聴いて、フランクの作品に対する関心が深まっただけでなく、「呼吸感」というのは、いわゆる「縦の線」を合わせること等とは違って、オケのメンバー同士が演奏しながらのコンタクトで創り出して行くのは極めて難しい要素だと改めて気付いた。もともと、歌が好きだから、呼吸感のある演奏が好きだということもあるが、少し違った面からも、演奏の呼吸感について考えて行こうと思っている。
演奏には満足したが、終演後に大変な失敗に気が付く。この日の保護者会では、
@ せっかく来ていただいた保護者の方全員に一言ずつ発言してもらうこと。
A フランクの交響曲に間に合うように終わらせること
を重視していたのだが、今年度のクラス役員の保護者を決めることをすっかり忘れて散会してしまった。新幹線代よりも高くつきそうな失敗である!!!
posted by 英楽館主 at 07:19| 東京

|
Comment(0)
|
TrackBack(0)
|
コンサートつれづれ
|

|