2012年10月31日

10月のコンサートから 聴き応えのあったマゼール&N響

しばらく更新を怠っていました。今日、中間試験の採点が終わって、一息ついています。0時を過ぎて明日の朝になりそうですが、マゼールが初客演した10月のN響定期のことから書いていこうと思います。
(以上10月31日 記)

10月20日(土) 15時 NHKホール
 ロリン・マゼール指揮 NHK交響楽団
 ワーグナー(マゼール編):「言葉のない指環」〜ニーベルングの指環 管弦楽曲集

10月24日(水)・25日(木) 19時 NHKホール
 ロリン・マゼール指揮 NHK交響楽団
 クラリネット独奏:ダニエル・オッテンザマー

 モーツァルト:交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」
 ウェーバー:クラリネット協奏曲第2番変ホ長調
 ラヴェル:スペイン狂詩曲
 同:ボレロ

 10月のNHK交響楽団は、巨匠ロリン・マゼールと初共演。スクリャービンが演奏されたAプログラムも是非とも聴きたかったのだが、自分自身の公開授業と重なってしまってどうしても足を運べず、CプログラムとBプログラムを聴いた。

 マゼールが日本のオーケストラを振るのを聴くのは3回目だ。昨年の東京交響楽団との演奏会は、震災の影響で会場がミューザ川崎からテアトロ・ジーリオ昭和に変更になって、とりわけデッドな音響の会場でのマーラー『巨人』をメインに据えたプログラムだったので、マゼールが振ったことでオーケストラの音色がどう変わったのかが直に伝わって来ないもどかしさがあったが、いかに無駄のない指揮をしているのかは、日ごろ聴き慣れた日本の楽団との演奏を見て、聴いて実感することが出来た。そしてもう一つ、もう四半世紀前のことになるが、読売日本交響楽団を振ってマーラーの『復活』を演奏した時のことは未だに忘れ難い。男性楽員だけで設立され、当時も男性だけだった時代の末期で、平均年齢が極端に高く、また常任指揮者を置かずに名曲コンサートばかりやっていて、楽団の演奏力がかなり下がっていた時代の読売日響だったが、マゼールが振った時は、過密スケジュールでリハーサル時間も少なかったはずなのに、全てピタッと統率されていて、音色の豊かさこそ不足していたものの、当時の読売日響の日ごろの水準からは信じ難いような見事な演奏だった。そういうわけで、マゼールがN響に登場すると知った時から、練習時間の使い方にシビアな要求を持つ楽員の多いN響との相性はさぞかし良いだろうと期待しいていたが、実際、期待に違わぬ演奏を楽しむことが出来た。

 Cプログラムは、かつてベルリン・フィルとも録音しているマゼール自身の編曲による管弦楽版『ニーベルングの指環』。16型で低弦を補強(16−14−12−12−10)した大編成での演奏。期待通り、日ごろのN響にはない艶のある音色が出て来たこと、マゼール自身の「円熟」の現れなのか、テンポがかつてのベルリン・フィルとの録音とは随分違って遅くなったことに驚きながら楽しんだ。編曲のぜひはさておき(筆者は、『指環』の管弦楽版で満足の行くものを作るのはおそらく無理だと考えているため)、『神々の黄昏』第3幕のジークフリートの葬送行進曲以下の部分は、それにしてもテンポが遅いと感じたのも事実だ。もちろん、歌手の息のことを考えなくて良いからこそ、こうしたテンポ選択がなされたのだろう。とは言え、ゆったりとしたフレーズの中で、N響が普段にはなくよく歌っていたのも事実だ。楽団の力をどれだけ引き出したかという点で、興味深い演奏だった。

 一方、ドイツ系の古典とロマン派の作品とラヴェルの管弦楽曲を組み合わせたBプログラムは、N響の高い潜在力が存分に引き出され、聴衆も大いに沸いていた。今回は『週刊オン・ステージ新聞』で批評を担当した関係で、初日は自分の会員席(Pブロック)ではなく招待席で聴き、2日目は自分の会員席(RAブロック)で間近に聴いた。最後の『ボレロ』は、両日でかなり表情が違って面白かった。
1曲目のモーツァルトの「プラハ」交響曲は、曲の多彩さを十分に示し、対向配置やピリオド奏法と言った近年の流行以外にも、隅々までスコアを見通せばまだまだ解釈の可能性があることを示して秀逸。マゼールは、9月のプレヴィンとは違って、モーツァルトでもかなり細かく振っているが、それが、第1楽章を例にとると、序奏でファゴットを鳴らして陰翳のある響きを作ったり、第1主題で2拍目から始まるフレーズの跳ねるような感じを引き出したりと、良い方向に作用していた。展開部の冒頭の2分音符が主体となる進行など、とても上品な響きを引き出していて快かった。第2楽章では特に木管と弦が重なる場面での豊潤さが魅力的。終楽章も、冒頭のフレーズで言えば最初の小節のヴィオラの1拍目など、アンサンブルの要の音を的確に振って、力づくではなく、テンポ、リズムに緩みのない音楽を築いて行く様が心地よかった。

 ウィーン・フィルの若き首席奏者ダニエル・オッテンザマーを迎えてのウェーバーのクラリネット協奏曲第2番変ホ長調もすばらしい演奏。私は、ウェーバーのクラリネット協奏曲と言うと第1番ヘ短調のイメージが強かったのだが、第2番は、技巧的にも音楽的にも凝った、難しい作品のようだ。オッテンザマーは、タンギングや指遣いなど極めて優れた基礎的技術に裏付けられた独奏で、作品の面白さを十分に伝えてくれた。第1楽章ではオーケストラだけの提示部に続く最初のフレーズでの力強い音と次のフレーズでの柔らかい弱音の2つだけで、既に聴衆を魅了して自分の世界に引き込んだ。それほどにオッテンザマーの音色には極上の質感がある。展開部から再現部へと飛び込む2オクターブの音階も爽快。第2楽章は、ソロの非凡な技巧を楽しんだのももちろんだが、ウェーバーのロマン派的な作風も十分に味わうことが出来た。チェロのピチカートなどがドイツの森のざわめきを連想させる冒頭と最後のメロディー、ソロの合間に二度顔を出すいかにもプロテスタントのコラール風のメロディーなど、ソロ以外のも散りばめられた個性的なフレーズのそれぞれの性格をマゼールがN響から十分に引き出していたからだ。快活な第3楽章もソロの明るい魅力が光った。

 後半はラヴェルの『スペイン狂詩曲』と『ボレロ』。前者は、ゆったりとしたテンポでしっかりとオーケストラを歌わせ、スペインの夜の濃密な空気を感じさせてくれた。私の語彙が貧しいので、ここでもまた「艶のある音色」という言葉くらいしか思い浮かばないが、前週のワーグナーとは違った「艶」を感じた。『ボレロ』は、初日は、無事にスタートした後、木管がソロをバトンタッチして行く前半部分で、「演奏中も指揮を見るんだ」と言わんばかり、マゼールが急に大きなアクションを取りだして、リズムやメロディーの単調に繰り返すのではなく、各楽器の性格に合った表情を引き出したり、メロディーにアクセントをはっきり付けさせたりしていたようだ。(2階席からはマゼールの表情が見えなかったので、この時どんな顔を振っていたのか、放送で確認してみたいと思っている。)後半、小太鼓が2台になり、トランペットにメロディーが回って来る辺りから銅鑼の入る最後までしっかりとクレッシェンドを続けさせる辺りが名伯楽ならではのオーケストラの操り様ではなかろうか。最後はテンポを落として豪快さも加えて圧倒的な演奏。2日目の『ボレロ』は、初日のような前半でのアクションはなく、マゼールのペースにオーケストラがしっかり付いて行った感があった。一夜のプログラムを通じてマゼールの指揮の語法の豊かさに改めて感服。もとより明晰な彼の指揮の魅力が、外来オケの来日公演ではなく、様々な指揮者で毎月聴くN響の10月の変貌ぶりを通じて余すところなく伝わった。ぜひ再共演に期待したい。
(以上 11月11日 更新)
posted by 英楽館主 at 23:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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