2012年12月31日

ダン・タイ・ソン ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲チクルス 2日目

 前回の記事の後、また長いブランクになってしまいました。例年なら1年の回顧を書いている大晦日ですが、取り急ぎ11月中に書いてあった前回の記事の続きをアップしておきます。
 皆さま、どうぞよいお年をお迎えください。
                                     英楽館主

11月8日(木) 19時 すみだトリフォニーホール

ピアノ独奏:ダン・タイ・ソン
指揮:クラウディオ・クルス
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調 作品58
同:第5番変ホ長調 作品73

 前夜に引き続き、ダン・タイ・ソンのベートーヴェン協奏曲チクルス後半を聴く。ダン・タイ・ソンは、第1日も、第1番・第2番と第3番では同じピアノでも違う鳴らし方をしているなど、5曲全体に対する見通しを持っているという印象を受けたが、後半の2曲でどういう深まりを見せてくれるのか、期待しながらすみだトリフォニーに足を運んだ。
 新日本フィルの関係者の話では、ダン・タイ・ソンは、今回は初日のリハーサルで5曲全部弾きたいと言い、楽団側もその実現のために相当な努力を払ったようだ。普通、プロ・オケのリハーサルは2時間1コマで、昼食休憩をはさんで午前・午後の計4時間で行われるが、11月5日(月)はダン・タイ・ソンの希望で1曲1時間ずつのリハーサルを行ったとのこと。楽団員や組合も協力し合って、2晩の全曲演奏会が作り上げられたということになる。私が感じたダン・タイ・ソンの真摯さや全体に対する見通しと、制作の過程とが一致していたということにもなるだろう。
 もう1点、聴き手の自分についての情報を付け加えておこう。すみだトリフォニーホールでは、これまでゲルハルト・オピッツやブルーノ・レオナルド・ゲルバー、エデルマンなど、何人ものピアニストでピアノ協奏曲全曲チクルスを行って来たが、2夜連続で聴けたのは今回が初めてだ。私は、ベートーヴェンは好きで、交響曲の全曲チクルスや弦楽四重奏曲の全曲チクルスはこれまで聴いて来たけれど、実はピアノのチクルスを聴いたことがなかった。ピアノ・ソナタの場合、回数が多過ぎて全てのスケジュールを合わせるのが難しいからだが、ピアノ協奏曲のチクルスも初めてだったというのは、我ながらピアノを聴く経験は多いとは言えないことを改めて実感する。

 さて、前半は第4番。この曲はピアノ独奏から始まることで知られているが、ダン・タイ・ソンの弾く冒頭のソロを聴いて、私はふと、「ベートーヴェンは、どんなタッチで弾いたのだろう」という想像をしてしまった。それほど美しいタッチだったし、この作品の中での冒頭のソロの大切さを十分に意識した演奏だった。
 それにしてもこの冒頭のソロは、二度や三度のあまり跳躍のない音程を組み合わせた穏やかなメロディーと1オクターヴの上昇音階から成り立っている。3小節目までの動きが抑制されている分、4小節目での右手単音のオクターヴは鮮やかに聴こえるように作曲してあると言っても言い過ぎではないだろう。その後のオーケストラ・パートは、ピアノと同じメロディーのようでいて、実は音階を避けて動いて行く。オーケストラのパートに音階が出て来るのは50小節も後のことである。こうした作曲をしているのは、ベートーヴェン自身がソリストとして通用するピアノの腕前を持っていて、独奏者のタッチの美しさをどこでどう見せるのが効果的かを第1番の頃よりも深く考えていたということなのだろう。これまで何度もこの曲を聴いていたけれど、こんな当たり前のことに今さら気付かされた。チクルスで第4番に至るまでに時間をかけていること、演奏が磨き込まれて優れたものであることが、聴く側の音楽を味わう力を高めてくれていると実感した瞬間だった。
 こうしたことを意識しながら聴くと、第4番は、冒頭に限らず全体的にピアノ独奏が曲を引っ張って行く場面が多い曲だと改めて思う。調性感という面でも、第2楽章の冒頭を除けば、オーケストラよりもピアノ独奏の方が鮮明になるように書かれている箇所が多いのではないか。特に短調に転じる箇所でそれを感じる。「ああ、これが第5番の冒頭になると、オーケストラが和音で変ホ長調の調性感を明確に打ち出しておいて、ピアノ独奏は、さらにその先の扉を華麗に開いて行くという新境地に至るのだな」などと、頭の中にいろいろな理解の仕方が浮かんで来る。第5番の冒頭のソロは、装飾と言えばそれまでかもしれないが、別な物の見方もあるものだと気付く。
 第5番は、それまでの4曲にない豪快さ、豪華さがよく出ていた。ダン・タイ・ソンのピアノは、前週に聴いた小菅優ほどは鳴らないと思っていたが、この曲では、同じピアノから第4番までには聴けなかった音量も引き出しつつ、バランスは常に失わないという鳴らし方。ベートーヴェンの円熟の段階に合わせたピアノの鳴らし方が十分に考え抜かれ、かつ実現されていたように思う。
全曲を通して聴くと、クラウディオ・クルスの指揮もなかなか充実していた。すみだトリフォニーのピアノ協奏曲シリーズは、制作経費を抑えるために指揮者の人選に物足りなさを感じることが多々あったけれど、この人にはまた来ていいサポートをしてもらいたいと思った。
 今回は、演奏の細部の批評ではなく、聴き手の自分の作品感の話題が中心になった点は御容赦いただきたい。
posted by 英楽館主 at 21:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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