2016年03月31日

感銘深かったマルティヌーの『ギリシャ受難劇』(2016春ドイツの旅 07)

035a.jpg 『ギリシャ受難劇』は、チェコ出身の作曲家、ボフスラフ・マルティヌー(1890〜1959)がギリシャの作家ニコス・カザンザキス(1897〜1957)の『キリストはふたたび十字架に』(邦題は訳者により様々)を作曲者自身が台本化し、晩年の5年あまりを捧げて作曲した全4幕の歌劇である。難民の問題を扱ったオペラとして、現在のドイツやEU諸国の状況を考える上で多くのものを示唆してくれるのみならず、権力の反動性を抉り出す作品として、現在の日本の状況の中でも考えさせられることが多々ある作品である。日本ではまだ一度も上演されたことのない作品なので、御存知ない方も多いはずだし、物語は複雑なので、まずは第1幕のあらすじをエッセンの劇場のパンフレットの拙訳で紹介しておこう。(Web上では『ギリシャ受難劇』で検索していただくと日本マルティヌー協会のHPが出て来ると思いますので、そちらも併せてお読みいただくとよくわかると思います。)

[第1幕のあらすじ]
 ギリシャの小さな村リコフリッシは、オスマントルコの占領下にある。復活祭の日、グリゴリス神父は、翌年の復活祭に際して受難劇が行われることになると宣言し、役者を決める。コンスタンディスはヤコブを、ヤナコスはペトロを、ミケリスはヨハネを演じることになる。未亡人のカテリーナは娼婦として生きているが、マグダラのマリアの役を与えられる。一方、カテリーナと愛人関係にあるパナイトは彼の意志に反してユダの役を与えられる。キリスト役には羊飼いのマノリオスが決められ、グリゴリス神父から、今から彼の役にふさわしく奉仕しなければならないと訓戒が宣告される。マノリオスはレニオと婚約しているが、間近の結婚が延期される。
フォーティス神父に率いられて、難民たちの大量の流れがリコフリッシに到着する。彼らの住む村はトルコ人に破壊され、彼らは定住できる場所を探そうとしていた。グリゴリス神父は、難民たちの宿泊を認めることに難色を示す。難民の一人が疲れ果てて死ぬと、グリゴリスは彼女はコレラで死んだと主張し、それを口実に難民への援助を拒む。マノリオスは、フォーティす神父に近くに位置するサラキナ山に定住することを提案した。

 その後の物語の展開を手短に書くと、マノリオスは難民たちを救済しようと努め、カテリーナや3人の使徒役の男たちもマノリオスと共に歩もうとするが、村の長老たちは、彼らに食料を与えることを口実に彼らの持つ宝を巻き上げようとしたりする。グリゴリス神父は長老たちと謀ってマノリオスを殺してしまう。原作『キリストはふたたび十字架に』の意味はこれでお分かりいただけるだろう。

 エッセンのアールト劇場での上演は、チェコ人のイルジ・ヘルマンの演出は、20世紀初頭と言う作品の設定を離れ、現代的な舞台作りで作品の問題意識をしっかりと観客に伝えようとしていた。幕開きでマノリオスに背景の岩を登らせて、困難に真摯に立ち向かう彼の性格を分かりやすく示していた。また、開幕前から客席にアコーディオンを弾く俳優(マルティヌーの台本にはない)を登場させたり、第2幕の最後では、当初は長老の難民たちを搾取しようとする企みに加担していて改心したヤナコスが2階の客席からメッセージを撒いたりと、劇場的な楽しさを欠かさない。ドイツ語のメッセージは、開幕前にはスクリーンに映し出されており、ヤナコス役に歌手によって、休憩時にも観客に配布されていた。
 演出のヘルマンは、重いテーマと向き合う観客の心理的負担を程良く緩和する一方で、現実から目を逸らさない。マルティヌーの台本では、難民たちはフォーティス神父に率いられてリコフリッシ村を去って行くことになっているが、エッセンの舞台では、フォーティス神父以外の難民は倒れて死ぬ。行き場のない難民たちを抱える現在のドイツで、他の新天地を探しに旅立つというのは絵空事にしかならないだろう。
 何よりもマルティヌーの音楽が、けっして難解ではなく(部分的に難しい箇所もあるけれど、次々と様式が変化して行くので聴く者を飽きさせない)、祈りに満ちている。ドイツ語字幕付きの英語上演。

 もし、この記事を読んで興味を持たれた方がいらっしゃれば、ぜひマルティヌーの作品やカザンザキスの原作に触れていただきたいと思います。カザンザキスの原作は、図書館にも入っている場合が多い(私の住む千葉県市川市や勤務先の埼玉県さいたま市には複数館に所蔵されている)ようです。マルティヌーの方は、輸入盤で聴いていただくのが手っ取り早いですね。ロンドンでの初演を目指して書かれた初稿と、実際にチューリヒで初演された際の第2稿があり、今回は第2稿への上演でした。
 私は、この作品は10年ほど前にブレーメンで観て以来2度目でしたが、世の中の状況が険しくなっている今、本当に心に染みる作品でしたし、分かりやすく完成度の高い上演に心を打たれました。帰国後の『週刊オン☆ステージ新聞』に拙評を掲載する予定です。
posted by 英楽館主 at 03:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ雑談集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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