2008年12月31日

大阪フェスティバル・ホールさよなら公演

画像2008 159.jpg12月30日(火)
 新年の『オン☆ステージ新聞』(「新年号」は旧年中に発行なので、新年最初に刊行の号)に、大植英次指揮大阪フィルの第九公演を取り上げることにした。年末の第九公演は、普段なら「批評」の対象外だが、今年の大フィルの第九は特別。大阪フェスティバル・ホールのさよなら公演に当たっているからだ。
 JAL127便が1時間近く遅れ、伊丹空港からタクシーを飛ばして中之島へ(原稿料の3倍の交通費がかかってしまった。JALは、手荷物を搭載する機械の不具合で遅れたというが、機内で機長から十分な説明も謝罪もなく、大いに不満だ!)。何とか間に合った。
 それはともかく、実は、私はフェスティバル・ホールを初めて訪ねた。今年45周年を迎えた日生劇場とは5歳の差だが、50周年のフェスティバル・ホールは、はるかに古い建物のように感じられた。戦後日本の復興と発展が、5歳の差が5年以上のものにしているのだろうか。
フェスティバル・ホールは超満員。演奏も大いに盛り上がった。特に独唱者たちが良く、第4楽章後半での4重唱が圧巻だった。場内の拍手喝采に答えて、大植さんのスピーチ。広島生まれの大植さんだが、こういうスピーチの時に、大阪のお客さんの気持ちをつかんで、「フェスティバル・ホールありがとう!」という皆の気持ちをまとめてくれる。アンコールにエルガーの「威風堂々」第1番。これも通常の第九公演では考えられないことだが、1958年4月3日のフェスティバル・ホールの開場記念公演(非公開)で朝比奈隆指揮関西交響楽団(現:大阪フィル)によって演奏された曲だとのこと。大植さんは、ほとんど振らずに場内のお客さんの拍手を誘導していたが、それでも、不思議とエルガーは第九以上に大植さんの個性のにじみ出る音楽になる。最後は場内総立ちで拍手。その雰囲気には、東京にはちょっと見当たらない暖かさがあった。オーケストラの解散後、客席に入場して来た大阪フィル合唱団メンバーの先導で「蛍の光」斉唱。
 5年後の2013年には建て替えて再オープンするという。それまで、大阪のクラシック・ファンの心に残るフェスティバル・ホールのさよなら公演だった。
(写真はアンコール後の場内の光景。シャッタースピードが遅いのでぶれています。大植英次さんには特別に掲載許可をいただきました。無断転載はお断りします。)
posted by 英楽館主 at 12:29| Comment(1) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
飛行機って会社教えて下さい。私が行って謝るよう言ってきます。お書きに成られた事、御意です。本当に良く来て下さいました。上記の全てに、心の優しさ、音楽の今髄楽一番の楽しみ方失われつつある時間の芸術、同じ思いです。貴方様が居るからこそバッハ以前から向こうインフェネティーの芸術
未公開でお願い致します。僕にかせる傘寿の神器、イマジネイション、インスピレイション、インテュイションを何時も心がけ、お客様に幸せで安堵な
無限の時間を創り、舞台の上からですが、L,V.Beethoven,W.A.Mozartから頂いた、”音楽が奏でる調べ、これは
触る事も見る事も出来ません。直接心に話しかけ合う事が無いかも知れない人とまるで幼少からの親友の様な錯覚を起こす音楽の魔法、まだまだ未熟な音楽以下な大植ですが、力ら強いメセージ一生心に入れておく約束を致します。又次のコンサートでお会いバッハ
から現代まで、一瞬も無駄なくこの世にありえる音楽の調べを僕の人生をすべていつまでも途切れないよう心得がけお約束致します。有難う。大植英次
Posted by 大植英次 at 2013年11月12日 17:09
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