2009年06月20日

『ズロニツェの鐘』を聴く

ドヴォルザークの『ズロニツェの鐘』
 あっと言う間に2週間が過ぎてしまった。11日(木)まで中間試験の成績処理などに追われ、昨日まで研究授業の準備があり、落ち着いて書く時間が取れなかった。東京交響楽団の定期演奏会(13日夜)のように、予定していたのに行けなかった公演があったが、出来る限り演奏会は聴いている。

6月8日(月) 19時 サントリーホール
6月9日(火) 19時 東京芸術劇場
下野竜也指揮 読売日本交響楽団
クラリネット独奏:ザビーネ・マイヤー
(曲目)
ウェーバー:歌劇『オイリアンテ』序曲
同:クラリネット協奏曲第1番ヘ短調
ドヴォルザーク:交響曲第1番ハ短調『ズロニツェの鐘』

 まず、ウェーバーの『オイリアンテ』序曲が見事。オーケストラのコントロールが自在に出来ていて、下野竜也がオーケストラの操縦法という面で年々腕を上げていることが実感された。そう感じるのは、ウェーバーのオーケストレーションがしっかりしていて、指揮者やオーケストラの状態を映す鏡のような効果を果たしてくれるからかもしれない。クラリネット協奏曲第1番は、ザビーネ・マイヤーのソロがとにかく聴き物。ドヴォルザークの若書きの交響曲には付き合いきれないという人にもお勧めの1曲だった。第1楽章は、短調の曲調の中での劇的でありながら無理な誇張を感じさせない音色作りに感心。第2楽章は、独奏とホルンとの掛け合いというウェーバーならではの趣向が楽しめた。快活という言葉がぴったりの第3楽章は、独奏も、鳴るところはきっちり鳴るオーケストラも小気味よかった。
さて、休憩後のメインはドヴォルザークの交響曲第1番ハ短調『ズロニツェの鐘』。ドヴォルザーク好きの人でも、CDでしか聴けなかった曲が生で聴ける。日本初演はアマチュア・オケで既に行われていて、今回は再演なのだそうだが、限りなく日本初演に近い。
ちょっと乱暴な金管の響きで始まる第1楽章は、第2主題は第4番ニ短調第1楽章第2主題とちょっと似た雰囲気を持っているが、音楽がスムーズに流れて行かないところに、第1番と出世作の第4番との熟練度の差が感じられた。第2楽章は変イ長調。この変イ長調という調整は、ドヴォルザークが好きだった調で、穏やかなメロディーが流れて行く。例えば晩年の弦楽四重奏曲作品105など、この調にはドヴォルザークの個性が良い意味で発揮されている曲が多い。ああ、若い頃からドヴォルザークはこの調が好きだったのだなあと感じる。そして、聴きながらちょっと考えてみると、この調は、ヴァイオリンだとG線で主音のAs(A♭)を弾けても、その下の属音のEs(E♭)が弾けないために落ち着いたメロディーが作れないが、5度低いヴィオラだと主音の下のEsも、そしてもちろん上のEsも弾けるので、メロディーを自在に鳴らせる調であることに気づく。ドヴォルザークがヴィオラを弾いたことと、変イ長調が好きだったこととの間には関係があるように思えてならない。
第3楽章は、知らないで聴くとフィナーレ風に聴こえる箇所が少なくない。その後に本物のフィナーレの第4楽章。スケルツォが苦手なのもドヴォルザークの特徴と言っていいだろう。第6番や第7番では、チェコの民族舞曲の1つ、フリアントを用いて成功しているが、それも、裏を返せばスケルツォが肌に合わなかったからなのかもしれない。第4楽章はやや冗長に感じられるが、2日続けて聴いたら、2日目の東京芸術劇場での演奏は、山登りで山頂が見えたときのような見通しの良さのある好演だったと思う。
2月の第4番の時のように、この曲をおそらく初めて聴いたであろう方々が体や首を思わず揺すりながら聴くほどの耳に残るメロディーはないが、ドヴォルザークの個性をしっかりと知る上ではこの上なく貴重な第1番の生演奏だった。腰を据えて取り組んでくれている下野竜也に拍手。
posted by 英楽館主 at 23:46| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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