2009年06月23日

能「千手」の魅力

 能の話を書こうとすると、クラシック音楽や文楽に比べると知識不足だということもあり、どうも書くのが遅くなりがちです。1か月前の舞台の話を今更という感じですが、幾つかまとめて能の話題を書いておきます。

5月21日(木) 18時30分 国立能楽堂企画公演
 能「千手」郢曲
 シテ(千手の前):大槻文蔵
 ツレ(平重衡):観世銕之丞
 ワキ(狩野介宗茂):森常好
 笛:一噌隆之
 小鼓:鵜澤洋太郎
 大鼓:守家由訓
 地頭:山本順之
地謡:若松健史・阿部信之・北浪昭雄・武富康之・長山桂三・泉雅一郎・谷本健吾
後見:赤松禎英・清水寛二

 能「千手」を見たのは、初めてではないがかなり久しぶりだ。おそらく15年以上見ていなかったと思う。シテとツレが扇を手に見つめあう型や、後朝の別れで2人がすれ違う型など、舞よりも後の「型の連続」の面白さはわかっていたつもりだが、時間をおいて再見して、この曲の面白さに開眼したような気がした。
 蝋燭能で、脇正面の席から見たのも一因かもしれない。舞台中央にシテが立ち、ワキ柱のそばで床机に腰掛けたツレに向かい合うと、ちょうどシテの背中越しに見るような形になるので、正面から見る場合に比べると、シテの心情に添って作品を鑑賞するという性格が強くなるからだ。
 私が、この日、つくづく魅力的な曲だと感じたのは、クセの部分である。「今は梓弓」以下、平重衡が一ノ谷の合戦で生け捕られてから都、の経緯が語られるのだが、気づいてみれば、このクセはシテ(千手の前)の「語り」なのである。「語り」というものは、普通は、自分自身の直接体験を語ることが多いものだが、ここでは、護送されて下って来た重衡と鎌倉で初めて出会い、逢瀬を重ねた千手の前が、自分が出会う前の重衡の人生を語っていたことに、前回までは気づいていなかった。「語る」というのは、その内容を自分の中にしっかりと取り込まないと出来ない行為である。他人の、それも共有した時間ではなく、出会う以前の人生について「語る」ということは、終わった男女関係を「語る」こととは全く違う。千手の前が、重衡の体験を幾度も聴き、それも厭々聞かされるのではなく、よほどの共感を抱きながら繰り返し聴いていたとしても、誰にでも出来ることではない。こう書いている私には出来ないことだと思うし、英楽館の読者の方の多くもそうだろう。単なる重衡への愛情や共感だけでなく、他の男性から聞かされた戦物語の経験、あるいは自身で東海道を往復した経験などがなければ、とても想像力が及ばないに違いない。千手の前が多感で聡明な女性であることも必要条件だ。また、三河の国の「八橋」の地名は、千手の前が重衡を在原業平に重ねていることを表していて、恋の情緒につながる巧みな表現だ。
 大槻文蔵のシテは、この人の他の舞台と同様に容姿が美しい半面で謡が弱いが、「千手」は舞クセで、長所が活きた舞台だった。また、この能では、シテとツレの相性も大事だと思うが、観世銕之丞とはよく呼吸が合っていると感じられた。山本順之や若松健史らの地謡もしっかりとしていて、囃子方が若い顔ぶれだが全体によくまとまった舞台だったと思う。「郢曲」の小書が付いたので、舞は中之舞だった。
posted by 英楽館主 at 18:06| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 能楽雑話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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