2009年10月04日

なぜ、今、読売日響のアンサンブルを問うのか?

 私が今回、読売日響の特定の奏者を名指しで批判したのには、私なりの理由があります。第1に、名指しした第1ヴァイオリン奏者の合奏に対する態度は、オケマンとして目に余る、もっと言えばオケマンの倫理に反するものだと、この10年ほど、苦々しい思いを抱き続けて来ました。その逸脱ぶりは、今月のスクロヴァチェフスキとの最初の演奏会でも、ラヴェルの『ボレロ』において、1人だけピチカートの弾き方が違うという形で、明らかに見て取ることが出来る状況でした。この演奏会(9月15日、東京芸術劇場)は、NHKが収録しているので、この問題に興味を持たれた方は、視覚的にも確認することが出来ると思います。
 第2に、去る9月24日(木)の名曲シリーズにおけるブルックナーの交響曲第9番での彼の逸脱ぶりは、近くで目の当たりにして、目に余るものでした。その点については、逐一ではありませんが、既に具体的な指摘もしたつもりです。第1ヴァイオリン奏者には、1人1本ずつマイクが立つわけではありませんから、録音・録画で特定の奏者の逸脱した演奏を確認するのは困難です。ただ、この日の演奏会も、日本テレビが収録して来年2月11日未明に放送予定ですので、あるいは、録画でも確認できる場合があるかもしれません。
 しかし、重要なのは、私が書いた第3の理由です。もし、この演奏会が1回きりの客演指揮者の指揮であれば、私は演奏の問題点を「ああ、この指揮者はオーケストラを管理できないのだな」という方向で受け取っていたかもしれません。けれども、この演奏会は、共演を重ねて来た常任指揮者スクロヴァチェフスキとの演奏会でした。
 スクロヴァチェフスキは、10月3日に満86歳の誕生日を迎えました。私は、この尊敬すべき指揮者と読売日響が、今後も最良のパートナーであり続けることを願ってやみません。しかし、東京のほとんどのオーケストラをずっと聴き続けて来た私が思うには、現状のままでは、「最良」のパートナーシップは望めないという危機感を持っています。

 指揮者であれ誰であれ、年齢に伴う身体の変化は避けられません。名指揮者スクロヴァチェフスキといえども、往年と同じ耳の聴こえ方ではなくなって来ているはずです。別な言い方をすれば、スクロヴァチェフスキは、オーケストラに対して、警察官か何かのように「音が違っている」と指摘することを期待すべき年齢ではなくなって来ています。
 指揮者がそういう年齢に達しても、最善のパートナーシップを保ち続けた例も珍しくありません。近年ではジャン・フルネと都響、そして、まだ多くのファンの記憶に残っているのは、最晩年の朝比奈隆と在京のオーケストラ(とりわけ新日本フィルと都響)との関係です(私は、東京では朝比奈隆を聴いていましたが、大阪フィルの演奏会までは追いかけていませんでした。)。
 いずれも場合も、オーケストラが一丸となって、指揮者を支えていました。朝比奈さんの場合で言えば、振り出す棒は「最善」のものではないと理解しつつも、朝比奈さんへの尊敬の念を共有しながら、彼の心に感じている音楽を実現するために、まさに一丸となっていました。その結果、打率は高いとは言えませんでしたが、時に、びっくりするような名演が生まれました。私よりも古くからのオーケストラ・ファンや、私よりも頻繁に海外に渡航されていた方なら、カール・ベームの最晩年やギュンター・ヴァントの晩年について、同じような記憶をお持ちの方もいることでしょう。ギュンター・ヴァントの例で言えば、1990年に北ドイツ放送響と来日した時のブルックナーの交響曲第8番は、けっして彼の最良のものとは言えませんでしたが、それから10年を経て、最晩年に来日した際のブルックナーの交響曲第9番は、多くのファンの心に残る演奏でした。その間には、練習に厳しかったヴァントと北ドイツ放送響のメンバーとの関係に大きな変化があったと聞いています。
 読売日響とスクロヴァチェフスキに敬意を払いつつ最良のパートナーシップを期待するなら、今の読売日響には、どんな理由があろうと、パート内でのアンサンブルの乱れを解消して、一丸となることが望まれるのです。
 プロのオケマンなら、合わせなければならない時に合わせることが出来なければ1人前ではありません。
posted by 英楽館主 at 22:26| 東京 不明| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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