2009年10月17日

能「江口」甲之掛

 ここのところ、大きな締め切りがあって、更新が滞っている。時系列に沿って記事を載せようとすると、ますます溜まってしまうので、手近なものから掲載して行くことにする。昨晩の国立能楽堂定例公演は、帰りと今朝の出勤時の電車で座れたので、書ききってしまうことが出来た。

10月16日(金) 18時30分開演 国立能楽堂

 狂言一番、能一番という番組だが、大学の講義が17時50分までなので、能だけ観る。

能「江口」甲之掛(かんのかかり)
シテ:観世清和
ツレ:坂口貴信・武田宗典
ワキ:森常好
ワキツレ:森常太郎・則久英志
アイ:野村萬
地頭:野村四郎
地謡:岡久広・山階弥右衛門・藤波重彦・藤波重孝・野村昌司・武田友志・角幸二郎
笛:一噌仙幸
小鼓:大倉源次郎
大鼓:亀井忠雄

 近年、序之舞のある能がとみに好きになって来た。「江口」もその一つで、一昨年の銕仙会で「平調返」(ひょうじょうがえし)の小書で観て、ますます好きになった一曲である。今回は、久しぶりに観る観世宗家の演能で、「甲之掛」の小書が付いての上演だった。
 「甲之掛」は、序ノ舞の序の後、舞に入る前に独特の高い調子の笛の節が挿入されるもの。だが、それだけではなく、序も踏む数が多くなる。シテが身体のバランスに細心の注意を払わねばならない序が長く、そして高いテンションで一気に舞に突入するという演じ方は、舞うシテにとっては加減の難しいものであろう。序ノ舞の後にも、「実相無漏の大海に」という仏の有り難さを謡う有名な一節に続いて「波の立ち居も何故ぞ」の後に、短い「イロエ」が入る。
 また、後シテの出も船の作り物を出すタイミングが早くなり、後シテが出る間の囃子の手が複雑になる「沓冠之出」も取り入れられていた。「川舟を泊めて逢瀬の波枕」という出の謡は地謡ではなく後シテとツレが謡い、「よしや吉野の」をシテが独吟する。そして地謡の「よしや吉野の花も雪も波もあはれ、世に逢はばや」の後に、笛に低音での独特のアシライが入る。後で序ノ舞に入る「甲之掛」の高音と対をなすという発想なのであろうか。
 いずれにしても、一噌仙幸の笛は、低音から高音まで冴えた音を聴かせてくれた。「平調返」にしても「甲之掛」にしても囃子方が揃っていないと成り立たない演出だとつくづく実感する。

 小書(=特殊演出)の話が長くなったが、小書が付いたから面白いのではなく、もともと「江口」は味わい深い作品だ。前シテのワキ僧とのやり取りの興趣。後シテの遊女の身に生まれたつらさを嘆く〈サシ〉「前の世の報いまで思ひやるこそ悲しけれ」でシオリをしてから世の無常や愛執に迷う心について説く〈クセ〉へ。クセの冒頭「紅花(こうか)の春の(あした)、紅錦繍(こうきんしゅう)の山粧ひをなすと見えしも」は、七五調から外れていることで、音楽的に変化のある節付けで味がある。序ノ舞を経て、シテの内面世界は迷いの世界から悟りの世界へと変容する。仏の慈悲の広さを謡う「実相無漏の大海に」の一節を経て、舟に乗っていた江口の遊女の霊が白象に乗った普賢菩薩へと転じ、白雲に乗って去って行く。後半の流れの良さは、三番目物の中でも随一だろう。

 当夜の演能は、全体に充実したものだったと思うが、シテの観世清和には、さらさらと流れ過ぎてしまう平坦な部分と気の入った謡や舞に目を見張る部分とが入り混じっていた点に、いくらかの物足りなさを覚えた。具体的には、ワキとやり取りをする前シテの謡(ある意味で、森常好の謡の充実が光っていた)や、中正面からワキまでを見渡す動きが平板に流れていなかっただろうか。後シテの出の謡は深く充実したものだった。続く舞クセの動きは、楷書体でしっかりしているが、私は、一つ一つの挙措、とりわけ扇を扱う手の動きに、もっと丁寧なものを求めたい。序ノ舞以降は再び充実の時間。
 シテの面は増(ぞう)。作者はわからないが上品な一品だった。後シテが、実に豪華な金をたっぷりと使った扇面文様の唐織に、かなり退色して醸し出される古さが味わいを感じる緋と言うよりは柿色に近い大口(おおくち)という装束で、見所があった。後場では、2人のツレのうち後の1人を紅の少ない装束にして、若い遊女とある程度の年功を積んだ遊女を連れて登場した風情だった点も面白かった。
posted by 英楽館主 at 08:09| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 能楽雑話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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