2011年04月29日

柳家小満んに「レッドカード」1枚!

 このところ一番更新されていなかったのがこの「寄席日和」のコーナー。ここのところ時間に余裕がなく、寄席には久しく足を運んでいない。TBSの落語研究会は、会員になっているのでほぼ毎月聞いているが、18時30分の開演に間に合うことは稀。昨日も、19時25分頃に国立小劇場に到着すると、既に3席目の柳亭市馬の「厩火事」のマクラが済んで本題に入ったところであった。

第514回 落語研究会
(あくび指南    古今亭菊六)
(おしくら      柳家三三)
厩火事       柳亭市馬
人生が二度あれば 春風亭昇太
中村仲蔵     柳家小満ん

 市馬は「厩火事」をしっかりと演じていた。髪結いの妻と仕事もしないで家で呑んだくれている亭主の話。夫と別れたいとは全く思っていないにもかかわらず、夫とすぐに口喧嘩をしてしまう妻、自分が稼いでいるという自信と、年上で自分が先に老いて行くという不安の入り混じった髪結いの妻の心情を、色っぽく、けれどもあざとくならない程度に、丁寧に描写していた。
 仲入を挟んで春風亭昇太の自作自演「人生が二度あれば」。既に何度も演じてしっかり手の内に入っている様子。陽気に演じているが、マクラから、本題の内容を意識して念入りに構成されていた。ある老人が若き日を懐かしく思い出しながら散歩に出かけたり新聞を読んだりという日常の一コマ。盆栽の松の手入れをしていると、涙が松にこぼれ、その瞬間、松の精が老人の前に現れ、「これを噛めば戻りたい昔に戻れる」という松ぼっくりを渡してくれる。老人は懐かしい昔に戻ってみるが…。
 結局、老人が「人生は一度きりのものだ」と納得するという、メルヘン的な物語。老人の述懐にちょっと飽きるかなと感じていると、今風の若者の言葉遣いの松の精が突然現れて、改めて賑やかで陽気な昇太の世界に引き込まれてしまうところに演者の力量と魅力を感じた一席だった。

 ここで席を立って帰った客が30名くらいいた。私もそうするべきだったが、貧乏根性でついトリの柳家小満んの「中村仲蔵」まで聞いてしまった。これが、録音・録画・実演を問わず私の知る限りでは最低の出来。1942年生まれの戦中派で、8代目桂文楽門下。既にヴェテランのはずだが、そもそも語り口が一本調子、会話のやり取りはまだしも地の文が特に単調。加えて芝居のことをよくわかっていないのだから、芝居噺を演じてうまく行くはずがない。
 出来の悪かった点を挙げればキリがない。いくつか指摘しておくと、まず芝居の用語で噛むのは拙い。梨園の名門の出ではなかった中村仲蔵が登場する噺にはつきものの役者の階級の説明で「下立ち役(したたちやく)」と最初に言う時にすっと出て来ない。『仮名手本忠臣蔵』の上演に関する慣習の説明で四段目の「出物止め(でものどめ)」がするっと出ない。プロとして恥ずかしいと反省すべきだ。
 次に仲蔵が斧定九郎の型を工夫した芝居の初日を、私の聴き間違いでなければ「明暦3年8月18日」と言ったこと。今回の映像はおそらく放送されないと思うが、もし放送されれば明らかになることだろう。「れき」の部分ははっきり聞こえたが「ほうれき」とは言っていなかったと記憶している。もちろん正しくは「明和」だが、小満んはきちんと覚えていなかったようだ。「明」から始まる年号で、さすがに「明治」ではないとは常識でわかったのだろうが、明和3年(1766年)を明暦3年(1657年)と誤るのは不味い。何しろ浅野内匠頭による刃傷事件が元禄14年(1701年)、人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』の初演が寛延元年(1748年)のことだから、致命的なミスである。
 後半、「浅野内匠頭の家来斧定九郎」と言ったのも実説と浄瑠璃・歌舞伎の世界を混同した説明で奇妙。
 芸の拙さに加えて勉強不足。プロと呼ぶに値しない高座。TBSはなぜかここのところ柳家小満んをよく使うが、その理由は高座からは到底納得できない。「2度と呼ぶな」と言いたいが、少なくとも「次の1回は出場停止」を求めたいところ。柳家小満んには座布団ではなく「レッドカード」を1枚進呈したい。
posted by 英楽館主 at 08:12| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 寄席日和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先週「日本の話芸」でやっていた「寝床」も、最低以下の出来でした。全く笑えない「寝床」は初めて。
Posted by isatt at 2011年05月13日 21:28
 そうでしたか。私は放送には気づきましたが録画等はしませんでした。
 英楽館では、音楽家や芸人さんが十分な舞台を勤められなかった時は遠慮せずに貶します。でも、貶す(=商売の邪魔をする)からには、その芸人さんが努力をされて、良くなった場合には、それも書いて行く責務があると思っています。
 そういう意味では、「レッドカード」という激しい言葉は使いましたが、寄席などで小満んが出て来た時には、こちらも再度気を入れて聴こうとは思っています。ただし、小満ん師匠の場合には、知識や劇場体験そのものが不足していると思われるので、数年以上の期間をおいて機会を作らないとダメでしょうね。
Posted by 館主 at 2011年05月15日 09:02
今日(H28.7.3)NHKのEテレ、2時からの「日本の話芸」で柳家小満んが「鉄拐」を演っているのを見ましたが、文楽、小さんという名人の門下で、しかもあの歳で、ヒデェ下手くそがいたもんだと呆れるばかり。話も会話も一本調子、間がまるで無く、「エ〜」が多く、笑うところでも観客の笑い声は聞こえず、最後の方に至っては何を言ってるのかも分らず、サゲはムニャムニャで…。そのくせ「俺はこんな噺も出来るんだぞ」って態度がありあり。珍しい噺を演るんならちゃんとさらって来い…っつうの、ばか!
東京落語会なんかに呼ぶな、NHKも放送すんな!
先代小さん系の噺家には若手も含めて良い噺家が多い中(小三治をはじめ、さん喬、市馬、扇橋、権太郎、小里ん、三三、船遊、喬太郎、花緑等々…)小満んシショウ、恥ずかしくねぇのかよぅ!
Posted by 世間亭不満 at 2016年07月03日 15:34
私も今BS-TBS見てますが
こんなに噛む噺家がいるのかと
ビックリしました。

子供落語大会の方がもう少し確りやってます。
Posted by 屋根こま at 2016年10月22日 03:58
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