2013年03月31日

最近の舞台から(2)〜ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場の『ルル』

2月27日(水) 19時
3月2日(土)  14時
東京芸術劇場プレイハウス内特設舞台

ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場公演 『ルル』

フランク・ヴェデキント作(『地霊』『パンドラの箱』)
脚色・演出:シルヴィウ・プルカレーテ
ルル:オフェリア・ポピ 他
(ルーマニア語上演)

 かねがね、ドイツの劇場のSpielplanなどで演劇としての『ルル』の上演を見かける度に、オペラ以外の『ルル』を観てみたいと思っていた。東京芸術劇場のリニューアル記念公演の中に『ルル』を見つけた時から、この舞台を本当に楽しみにしていた。そして、ベルクのオペラ『ルル』について考える上でも、得るものが非常に多い舞台だった。オペラの世界は、基本的には音楽をカットしたり途中で止めたり出来ないという制約の厳しい世界で、演劇とは違う構造を持っていることには留意しなければならないけれど、オペラ『ルル』の演出にも相通ずる様々なアイデアが盛り込まれていた。

 冒頭、猛獣使いが紹介する猛獣の一つとして、シゴルヒに担がれてルルが登場する。真っ赤な口紅、黒のブラジャーとパンティーだけという姿のオフェリア・ポピがビニール袋に包まれて観客の前に姿を現すシーンは、とても刺激的で、かつ印象深いものだった。エロティックなことはもちろんだが、ルルが、男性にとって魅惑的な肉体を持つ存在だからこそ、シェーン博士にも愛され、最後は切り裂きジャックに襲われるという作品全体を貫くテーマがわずかな時間で端的に示されていたという点で、興味深い。(この場面自体は、オペラでもルル役の歌手が体当たりで演じてくれるなら可能。)

 演出の詳細については、もし書くとすれば非常に長くなるので項目を改めたいが、前半は『地霊』に相当する部分で、ルルがシェーン博士を撃ち殺すまで。休憩を挟んで後半は『パンドラの箱』で、パリのサロンとロンドンの屋根裏部屋の場面。後半の脚色は、オペラに比べると簡潔で、かつルルがどういう存在なのかが的確に示されていると感じた。端的に述べれば、前半の『地霊』は「ルル 対 男性」という構図の中でルルの自我が成長もしくは拡大して行き、男性がそれを制御できなくなって行く過程を描いたものであるのに対して、後半の『パンドラの箱』から脚色された部分は「ルル 対 社会」という構図が基本で、一旦、セクシャルな「もの」として男性社会に組み込まれてしまったルルは、そこから脱出出来ずに転落し、最も「セクシャルなもの」である女性の局部を切り取るという猟奇的な殺人者切り裂きジャックに殺されて死んで行く。前半の解釈については、私も今回の舞台を見る以前から、オペラの舞台を通じて見通しを持って観ていたが、後半について明確なコンセプトの舞台を見ることが出来たのは、大きな収穫だったと感じている。

 私はここで「ルル 対 男性」「ルル 対 社会」と書いたが、ここで描かれた「社会」は男性中心社会だから大差ないとも言えるかもしれない。だが、前半はシェーン博士や画家(今回の舞台では写真家)など、個としての男性が描かれているのに対して、後半では、不特定の客を相手に売春するルルの背後に(=舞台の外に)、不特定多数の男性社会の存在が感じられる演出になっていた。それは、ベルクも理解していたところなのだろうが、オペラ化当時の台本の中では十分に表現されていたとは言い難い。しかし、プルカレーテの脚色では、例えば「ルルが脱獄する過程」の煩雑な説明や、「ユングフラウ株の暴落」と言った胡散臭い経済の話は完全にカットされていて、売春婦としてのルルに台本の焦点が定まっていた。また、オペラでは台詞の意味が曖昧な存在の「少女」が、母親に売られて、ルルと同じように性的な「商品」にされて行く過程がしっかりと描かれて、ルルの悲劇が今なお世界中で繰り返されていることを告発するメッセージ性を発揮していたことは特に重要だった。母親が少女を置き去りにして去ったことが観客に知らされた後、彼女は別室に連れて行かれ、しばらくして悲壮な表情で再び舞台に出て来る。彼女が初めて性的な「商品」として扱われ、苦痛を伴う「儀式」を強いられたことは観客にもすぐに伝わる。そして、再登場してからの少女は、バスタブの中にいるルルとしばらく向き合う。台本構成の自由さは、オペラには真似の出来ないところだが、未完の2幕版とツェルハ補筆の3幕版がある歌劇『ルル』の場合、演出家にしっかりとしたコンセプトがあって、2幕とアダージョの間に演技が挿入できるならば、2幕版にも「3幕版とは異なる可能性」があるということになるのではなかろうか。
posted by 英楽館主 at 07:57| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ雑談集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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