2009年01月10日

クライバーのベートーヴェン第7番

 昨晩は、帰宅してやろうと思っていたことがいろいろあったのだけれど、結局、テレビに釘付けになってしまった。NHK教育テレビの「ETV50 クラシック・アーカイブズ」という番組を3時間半も見てしまったからである。
 第1部が古典芸能、第2部がクラシック音楽の特集。どちらも大好きな私には途中でやめられなかった。でも、視聴後の印象は、第2部のほうが圧倒的に面白かった。それは、古典芸能編が、全てがダイジェストで終わってしまったのに対して、クラシック音楽編は、1986年のカルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団のベートーヴェンの第7番イ長調を全曲放映してくれたからである。古典芸能編もいずれ劣らぬ名演ばかりだったが、どれもダイジェストに終わってしまったので、中途半端の印象をまぬがれない。「今回はこれ!」という目玉を作ってほしかった。
 さて、この時のクライバーは、私にとっても、今でも忘れられないコンサートの1つだ。東京文化会館でウェーバーの『魔弾の射手』序曲にモーツァルトの交響曲第3番とブラームスの交響曲第2番、ベートーヴェンの交響曲第4番と第7番を1回ずつ聴いた後に、昭和女子大の人見記念講堂でベートーヴェンをもう1回聴いた。その2回目の人見記念講堂でのベートーヴェンは日曜日だったと記憶している。熱心な方の作っておられるサイトで確かめると、私が聴いたのは5月9日、10日の東京文化会館での演奏会と5月18日人見記念講堂での演奏会で、別なサイトで1986年のカレンダーを確認すると、曜日の記憶も正しかったことが確認できた。放映されたのは、翌日の日本公演最終日の映像である。
 クライバーのベートーヴェンの4番・7番の映像は、アムステルダム・コンセルトヘボウを指揮したものが正規盤で販売されていたけれど、NHKの持っている映像は、それよりもさらに活き活きとしたクライバーが見られる。一応録画したけれど、何度でも放送してほしい貴重映像だ。それに、オーケストラの隅に写る小太鼓を見ると、アンコールで演奏されたJ.シュトラウスの『こうもり』序曲やポルカ『雷鳴と電光』、前半のベートーヴェンの第4番も見たくなる。
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2008年11月03日

シューベルトのアーティキュレーション

 シューベルトの交響曲とは、不思議な縁がある。かつて私がアマチュア・オーケストラで演奏していた頃に、なぜか演奏する機会が多かった。第1番以外の全部の交響曲に何らかの形で関わったことがある。「何らかの形で」と言うのは、第4番は指揮をしたことしかなく、弾いていないし、第2番は練習の指揮しかしたことがないからだ。
 第4番ハ短調、通称「悲劇的」を指揮したのは、高校3年生の春だった。一昨日、ユベール・スダーン指揮の東京交響楽団が演奏する第2番を聴きながら、その時のことを克明に思い出していた。当時、同級生のコンサートミストレス、Kさんと一番もめたのは、第4番の第1楽章の第1主題「ソ・ラ・シ・ドミ♭・ミ♭―レド・ドーシ」をどういうボウイング(運弓)で弾くかということだった。弱起で始まるメロディーで、「ドミ♭」が1拍目。2拍目から3拍目の「ミ♭」の2分音符にアクセントが付いているのだ。素人集団の集まりで、私は「1拍目をアップで弾いて、2拍目のアクセントをはっきり弾いてほしい」としつこく注文。その度にKさんは「1拍目をダウンで弾かないと(合奏が)合わない」と反論。Kさんも、頑固な私に毎回言い返すのはさぞかし大変だっただろうと思う。
 その後、弦楽器雑誌『さらさーて』の仕事で、新日本フィルのコンサートマスター崔文洙さんのインタビューをする機会に、この話をしたことがあった。その時は、崔さんが楽譜庫から引っ張り出されたパート譜を見ながら、「どっちもあり」だと思うとコメントしてくださった。その時の話の内容は、当時季刊だった『さらさーて』の第12号に掲載されたのだが、シューベルトの第4番は、読者が誰でも知っている曲ではないので、紙面のスペースの都合上、掲載することが出来なかった。
 今年の5月、スダーン指揮東響の第4番を聴いた時も、この部分のボウイングに注目していたが、第1主題をダウンから弾き始め、1拍目はアップから入って2拍目がダウンという弾き方だった。初心者の多い高校生のオーケストラと、プロとでは条件が違い過ぎるが、やっぱり25年以上前に主張したことは間違いではなかったかな、などと思っていた。
 そして、今回の第2番。第1楽章の第1主題は、1拍目から「シ♭・シ♭―・ファ・ソ・ラ」と出るのだが、今回も東響(コンサートマスターは高木和弘)は1拍目がアップで、アクセントの付いている2拍目がダウン。この第1主題を聴いた瞬間に、私は高校生の当時の不勉強にはたと思い当たった。「ああ、あの時、シューベルトの交響曲は一通り聴いていたのだから、楽譜を読んだ上で、『シューベルトのアーティキュレーションは独特で、第4番だけでなく、他の交響曲でも同じようなパターンを使っているのだから、弾きにくくても1拍目をアップから弾いてほしい』と言えれば、もっと説得力があったのになあ」と。もう27年も前の話なので、後悔するにも遅過ぎるのだが…。
 それにしても、他の仕事をしながら、あるいは運転などをしながらCDで聴くのと、演奏会で生で集中して聴くのとでは、本当に情報量が大違いだ。東響の第3番と第2番を聴きながら、いろいろなことが頭をかけめぐる。シューベルトのリズム感というのは独特だとつくづく思う。第3番の第3楽章も、冒頭の3拍目の強いアクセントが独特だ。そう言えば、第4番の第3楽章も不思議なリズム感の曲だ。
そして思う。これは、「独特」の一言で片付けられる問題ではないのではないか、と。言うまでもなく歌曲の天才だったシューベルト。彼があれだけすばらしい歌曲を書けたのは、詩に合わせて巧みに曲を付けられる柔軟なリズム感があったからこそなのではなかろうか。実際に、歌曲の楽譜と向かい合ってみたいが、今はまだその時間がない。そして、もっとドイツ語を勉強しなければ…。
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2008年03月06日

武満徹:「テクスチュアズ」

武満徹:「テクスチュアズ」
 慌しく過ごしているうちに、2月20日はとっくに過ぎて、今日は3月7日。桃の節句も過ぎてしまった。
 今年の2月20日は、武満徹の13回忌だった。クラシック音楽の世界では、「没後○○年」という形で、仏教的な数字ではなく5や10の倍数などのキリのいい数字で人物が追憶されることが多いのだが、個人的には、「もう13回忌か。12年も経ってしまったのか!」と時の流れに感慨を覚える。
 先日、N響アワーの映像を整理していたら、岩城宏之指揮NHK交響楽団(ピアノ:本荘玲子)による武満徹「テクスチュアズ」の同じ映像が2つある、つまり2回放映されていることに気付いた。片や1996年3月に武満徹の追悼番組で放送されたもの(当時のN響アワーの司会はピアニストの中村紘子)、もう一つは、一昨年2006年夏の放送で、この年の6月に亡くなった岩城宏之の追悼番組で放送されたもの。岩城宏之が指揮をした武満徹作品の録音・録画は数多いと思うが、1987年3月に演奏された「テクスチュアズ」が、作曲者武満徹と指揮者岩城宏之2人の追悼番組で重ねて放送されていたというわけだ。それもそのはず、「テクスチュアズ」は、武満と岩城とN響、三者の出会いとなった作品だったのだ。
 トーン・クラスターの技法が用いられた「テクスチュアズ」は、武満が前衛的な作風を追い求めていた1964年の作品で、岩城宏之指揮NHK交響楽団の特別演奏会で初演されている。武満の年譜を調べてみると、N響が初演した作品としては、1958年の「ソリチュード・ソノール」(NHK委嘱、放送初演)が早いが、これは外山雄三の指揮で初演されている。
 岩城宏之の追悼番組で放映された初演の際の写真では、作曲者の指示によるのだろう、ピアノを舞台中央に置き、オーケストラは舞台の周囲に、コントラバスなどは壁にへばりつくようにバラバラに陣取っている。87年の映像は、ピアノが中央に位置する点は変わらないが、周囲のオーケストラから孤立している状態ではない。
 「テクスチュアズ」には、様々なクラスターが連続する中間部の直前と終結部に2回顔を出すヴァイオリンのメロディーのほか、中間部の最初と最後が武満らしい響きを醸し出している。クラスターの冒頭、ピアノのソロよりも先にハープの響きが際立ってくるところや、同じ部分の最後でのヴィヴラフォンの響きなどに、不思議とそそられる佳作である。
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2008年03月03日

J.S.バッハ:ヨハネ受難曲

2006a 066.jpg 今年は暦の関係でイースター(復活祭)が早い。3月23日(日)というのは記録的な早さではなかろうか。そういうわけで、2月下旬から教会暦では既に受難節を迎えている。
 昨日(3月2日)は、東京オペラシティ・コンサートホールでエイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団(「啓蒙時代のオーケストラ」)とイギリスの声楽家たちのプロジェクトによるバッハの『ヨハネ受難曲』を聴いた。
 拙評は「週間オン☆ステージ新聞」3月14日号に掲載予定だが、指揮者なしというスタイルでの演奏がどのような効果を持ったかについて、いくらか書いておきたい。
 昨日は、私の座った席から見たところ、総勢28名(うち声楽11名)での演奏。声楽陣がオーケストラの背後に1列で並ぶというスタイルで、リーダーで福音史家役のマーク・パドモアは上手から4番目に並び、他の歌手たちと同様に歌った。従って、彼が演奏中に「振る」という仕種は一切なく、室内楽的な緊密な空気で演奏された。
 最大の特色は、3曲含まれているテノールのアリアやアリオーゾのうち2曲目を福音史家役のパドモアが歌ったことであろう。通常は福音史家ではなくテノール・ソロで歌われるが、このアリアは、『ヨハネ受難曲』全40曲の第20曲という中心部分に位置し、茨を背負わされたキリストを描く叙情的に共感を込めて歌うという内容面でも、長大な受難曲の中で最も印象的な曲である。
 「受難曲」の演奏では、第1テノールが福音史家を務め、第2テノールがアリアを担当するのが通例だが、昨日は、第20曲とその前後のレチタティーヴォを福音史家のパドモアが一気に歌った。それによって、福音史家としてのパドモアも、「キリストの受難」という出来事を外側から語るという立場に終始するのではなく、もっと踏み込んで、まるで自らが見聞きしたことのように振幅の大きな感情を込めて「受難」を語ることになった。こうした抒情的な表現の激しさは、単にアリアを誰が歌うかの問題ではなく、指揮者が福音史家の表現をコントロールしている演奏スタイルでは達成できないことではなかろうか。
 音楽学的な当否という点では疑問もないわけではないが、深い感銘を受ける演奏だった。
          *          *          *
 批評には書かない、そして書けないことだが、私は『ヨハネ受難曲』の終曲(第40曲)が好きだ。「主イエス・キリストよ、私の祈りを聞き届けてください」というフレーズで、「erhöere mich」の2語だけが繰り返される。バッハの受難曲では、アリアでは何度となく同じ歌詞が繰り返されるが、コラールでは、歌詞は原則として繰り返されることはなく、一度だけ歌われる。ここは例外。そして、「祈りを届けたい」というのが、『ヨハネ受難曲』を通してバッハが伝えたかった核心であるという思いに至る時、いつも涙があふれてしまう。
(写真は、ドイツ、アイゼナハ市内にあるJ.S.バッハの銅像)

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2007年12月03日

ベートーヴェンの前期交響曲

 先月下旬は、ベートーヴェンを聴く機会が多かった。ネッロ・サンティ指揮NHK交響楽団で「レオノーレ」序曲1番と交響曲第8番、第7番、オスモ・ヴァンスカ指揮読売日響で交響曲第1番、第2番、第3番、クリクチャン・アルミンク指揮新日本フィルで「ミサ・ソレムニス」。
 サンティの「レオノーレ」序曲1番は絶品。この曲が序奏からこんなに面白い曲だとは知らなかった。交響曲第8番も、特に第2楽章など、インテンポで突き進む感覚が楽しかった。後半の交響曲第7番は、こういうやり方もあるんだなという感じ(例えば第4楽章最後の7小節など)で、放送で改めて確認してみたい。12型に刈り込んだ左右対向配置の弦楽器など、N響としても普段とは違う点が多かったが、指揮に納得してよくついて行っていた。
 アルミンクの「ミサ・ソレムニス」は駄演。アルミンクにスケールの大きさがなく、独唱もルート・ツィーザクが来日せず、代わりのソプラノがひどい歌手で辟易。コンサートマスター(崔文殊)のソロも、やる気が伝わって来ない。晩年のベートーヴェンに取り組もうと思ったら、指揮者はオーケストラ作品以外にも目配りして勉強をしないと作品に跳ね返されてしまう。
 ところで、以前から、全ての演奏会について批評を書く余裕はないけれど、日々感じることは書きたいので「名曲」に関するコーナーを作ろうと思っていたが、ベートーヴェンの交響曲第1番から第3番までを、番号順に聴く機会は極めて貴重なので、この機会に「名曲への散歩道」というカテゴリーを作ることにした。
 ベートーヴェンの交響曲全曲演奏会は珍しくないけれど、第2番は中期の第5番や第6番「田園」、第7番あたりと組み合わされることが多く、コンサートの後半に据えられることは滅多にないので、番号順に聴く機会はほとんどない。最近は番号順に一晩で演奏する企画もあるようだが、それでは繰り返しを音楽的な理由ではなく時間や体力の問題から省略するなど、作品に集中できないので、私はそういう演奏会は聴きに行きたくない。
 さて、オスモ・ヴァンスカ指揮読売日響のベートーヴェンだが、全体を評するならば、あくまで現代楽器による演奏で、スコアの中で見落とされがちな部分を明確に整理しているので、速めのテンポはともかくとして、オーケストラのプレイヤーからすれば、疑問点を残さずに演奏に集中すればよいというやり方だった。テンポや強弱の設定に注目すると、ピリオド楽器による演奏で開拓された様々な成果が活かされている。
 第1番と第2番は11月24日(土)にサントリーホールで聴いた。冒頭のピチカートでの不協和音など、当時としての斬新さを強調した第1番は、まとまりが良かったと思う。第2番は、エネルギッシュな演奏だったが、序奏では付点の音符の音が次のフォルテに掻き消されてしまうなど、空回りも見られた。
 私がこのプログラムで楽しみにしていたのは、第2番の中に、第1楽章のコーダのように古典の交響曲の雛形のような部分と、従来の古典派には見られなかった第2楽章の抒情性が同居しているので、後者の性質を、第1番にないものとして改めて実感できるだろうと考えていたからであった。第2番が前半で中期の傑作が後に控えるというプログラムだと、第2番の中期に比べると控え目な抒情性は、目立たないものになってしまうのだ。
 ヴァンスカは、第2楽章をあまりたっぷりと歌わずに速めのテンポで進めたが、それでも、第1番の第2楽章と比べてみると、第2番でのベートーヴェンの成熟が伝わって来た。
 翌週の第3番「英雄」は、29日(木)と30日(金)の2日とも聴いた。ヴァンスカ&読売日響の演奏の完成度も前の週とは比較にならなかったが、やはり、第1番から第2番への「前進」とは比較にならない「飛翔」が第2番と第3番の間にあることを再確認することになった。2日目はスコアで確認しながら聴いたが、ヴァンスカの指示は、例えば第1楽章で言えば、4分の3拍子で2拍目の4分音符にスタッカートが付き、次の音にフォルツァンドが続く箇所では、スタッカートを「短く・軽く」処理するという原則が徹底していた。第2楽章では、木管の各パートに施されたクレッシェンド&デクレッシェンドを明確に聴かせるために、クレッシェンドの直前のブレスのところで音量を下げさせる(練習記号Bの直前のクラリネット)など、木管への指示が行き届いていたことが印象に残る。後半の3番ホルンに見られる「運命の動機」は、スクロヴァチェフスキほど極端にではなく、音を割らず、かつ明確に聴こえるように吹かせていた。第4楽章は、弦のピチカートで提示される変奏の主題を、細切れにならず1まとまりのフレーズとして聴かせるよう流れに配慮した演奏。また、2回目のフーガの明晰さや、同じテンポで終始まで続く次の部分の躍動感も楽しんだ。
 スコアを見ながら聴いて気付いた。些細なことのようだが、考えれば、たった2つの音の組み合わせだが、スタッカートにフォルツァンドを続けるというパターン自体、ハイドンやモーツァルトには見られなかったベートーヴェンらしさの発現なのかもしれないと。今度、時間をとってピアノ・ソナタの楽譜も確認してみたい。
 ヴァンスカも、普段は滅多に対向配置を取らない読売日響を対向型(コントラバスは下手奥)というサンティなどと同じ配置を採用。もう一つ、管に一切アシスタントを入れていないのも特徴だった。10月の上岡敏之指揮ヴッパータール響と11月のティーレマン指揮ミュンヘン・フィルを聴き比べて以来、管楽器のアシスタント(通称「アシ」)の問題に敏感になっているのだが、「英雄」の場合、1番ホルンは、Es管とF管の管の差し替えが要求される反面で、休符が多く、本当に目立つ「おいしい箇所」に限って使われている。それ以外の箇所では、1・2番ホルンではなく2・3番ホルンが活躍しているのだ。この日の読売日響の1番ホルンの山岸さんは、不調なのか、ちょっと不安定な演奏。繰り返しのある第1楽章提示部などで、同じ音型で2回危なっかしいと、ソロ・ホルンにふさわしいのか、首を傾げたくなる。ピリオド楽器と違って、バルブ1つで調を変えられる現代のフレンチ・ホルンで吹くからには、やはり、3番ホルンよりも1番ホルンに安定感が求められるだろう。
posted by 英楽館主 at 11:52| Comment(0) | TrackBack(1) | 名曲への散歩道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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