2009年09月19日

『天保六花撰』を読む

 先日、『天衣紛上野初花』に触れた(9月9日「落語の『富』、歌舞伎の『富』」)ので、せっかくの機会だから、講談『天保六歌撰』を読んで見た。歌舞伎座の筋書きなどで名前は御存知の方の多い『天保六花撰』だが、昨年暮れに、岩波書店の新日本古典文学大系明治編『講談人情咄集』が出て、延広真治先生の懇切な注釈で手軽に読めるようになった。安い本ではないが、図書館には必ずと言っていいほど収蔵されているシリーズなので、入手は困難ではない。
 さて、新しい注釈をすぐに読んでいない館主の不勉強ぶりは恥じ入るばかりだが、それはともかく、どなたでも読み始めるとすぐに引き込まれてしまう面白さなのではないかと思う。ただ、古典などを注釈つきで読むことに慣れていない方には、冒頭の数ページは注の量が多くて、他のページに飛んで注がはみ出してしまうために読みにくいと感じる場合もあるかもしれない。実際、私などもあちらのページ、こちらのページとめくりながら読むので、最初の数ページはなかなかはかどらなかった。その場合は、いきなり第2回から読み始めるのも一つの方法だと思う。
 『天衣紛上野初花』は、全幕を活字で読める(筑摩書房『明治文学全集9・河竹黙阿弥集』河竹登志夫編)が、注釈は全幕通しがない。白水社の『歌舞伎オン・ステージ』シリーズの『天衣紛上野初花』(古井戸秀夫・今岡謙太郎編著)は、今日も上演される2幕目(河内山)と6幕目(三千歳・直侍)の抜粋だから、それを読むことを考えたら『天保六花撰』を第2回から読み始めたとしても不都合はないと言ってもいい。後から第1回を読み返せば、松江邸に乗り込んだ河内山がどんな人物として造形されているかがわかって面白いというものだろう。
 ネタバレはどうかと思うので、細部の筋はあえてここには書かないけれど、私は第2回の後半などは電車の中で読みながら思わず笑ってしまった。講談との読み比べは、河竹黙阿弥の歌舞伎脚本の特質を知る上でも興味深い。第4回で河内山の騙りが見顕される箇所に登場するのは「小林大膳」。これを歌舞伎で「北村大膳」とするのは、「とんだ所へ北(来た)村大膳」という駄洒落を台詞に入れるがためである等。
 皆さま、歌舞伎座が閉まっている月末にでも、いかがですか?
posted by 英楽館主 at 11:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 古典芸能作品探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

落語の「富」、歌舞伎の「富」

 宝くじというのは、当たらないものだ。そうと知りつつ、つい買ってしまうのが射幸心というもの。館主のみならず、夏に、年末に、ジャンボくじを買って、その度に後悔するという方は、「英楽館」のお客様にも少なくないのではなかろうか。
 落語には、「富くじ」にまつわる噺が結構多い。それも、大抵は当たる噺である。江戸・東京落語の世界には、湯島の富くじが名高かったので、それを題材にした「富久」がある。上方落語では「高津の富」。これが東京に持ち込まれて、場所を湯島に換えたのが「宿屋の富」。自宅で晩酌をしながら映像で楽しむには、10代目金原亭馬生の「富久」や先年亡くなった古今亭志ん朝の「宿屋の富」が好きだ。後者はDVDでも発売されているが、喋りに勢いがあって、何度見ても飽きない。
 しかし、江戸の昔には、湯島のような官許の富くじだけでなく、無許可のインチキな「蔭富(かげとみ)」もあったようだ。今月も歌舞伎座で『天衣紛上野初花』(初演は明治14年新富座)の「河内山」が出ているが、この『天衣紛上野初花』5幕目「水道端比企邸の場」も、そうした「蔭富」の話だ。ただし、「当たる」のではなく、インチキの「蔭富」で店の金を騙り取られた手代のために、5代目尾上菊五郎の演じる片岡直次郎が町人を装って「蔭富」の場に乗り込み、金を取り返すという筋書である。
 その舞台が、私が今年度週に2日教えに通う小石川なのが興味深い。「水道端」という地名は、今は文京区立の水道端図書館ぐらいにしか残っていないが、今の文京区水道、凸版印刷本社の辺りである。湯島天神の裏から大塚駅行きの都バスで5つも乗れば小石川。伝通院から大曲の坂を下った辺りが、直次郎が活躍した舞台ということになろうか。もちろんフィクションだが、「蔭富」を主宰する比企東左衛門の台詞に

「小石川から牛込かけ砂利に等しき旗本の小禄取りは二腰の、扶持方棒を権にかひ、町家へ出ては暴れまはり、悪と名の附く其の内でも、水道端の比企といっては、五本の指に折られて居る…」(出典:筑摩書房・明治文学全集9『河竹黙阿弥集』89頁)

とある。旗本の中には、比企のような悪人も実際にいたのであろうと思わせる台詞だ。
 この場面は、現在は上演されないが、「河内山」同様に直次郎と見顕されても居直って、騙り取られた金を取り返す場面が痛快。「悪に強きは善にも」は河内山宗俊の専売特許ではなかったのである。
 落語に描かれる「富」と歌舞伎に描かれる「富」。それぞれの芸能の特質の一端がうかがえて興味深い。
posted by 英楽館主 at 13:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 古典芸能作品探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

浄瑠璃『行平磯馴松』

このお正月は、『行平磯馴松』という浄瑠璃を読んでいます。謡曲「松風」などを典拠とした作品で、文耕堂・竹田正蔵・三好松洛の合作。竹本座で元文三年(1738)初演ですから、『菅原伝授手習鑑』や『仮名手本忠臣蔵』の10年ほど前の作品なのですが、作風には大きな隔たりがあります。

何と言っても駄洒落のような趣向が多いことにびっくりします!
二段目では、八丈ヶ島に島流しの村雨が、伊豆の八丈島ではなく、畳の部屋の黄八丈を敷いた「島」に閉じ込められているとか、三段目では、雨夜の皇子が(在原)行平の詮議を命じると、町人たちが鍛冶屋の行平を連れて来ると言った具合です。校訂者の池山晃さんの解題が要所を押えたもので、それによれば前者は歌舞伎に先行する例があるそうですが、現行の文楽に詳しい方だったら、『ひらかな盛衰記』四段目口のチャリ場「辻法印の段」の味わいを想像していただければよいでしょうか。

現在では全く上演されることのない浄瑠璃ですが、こういった作品を読むことも、『菅原』や『忠臣蔵』を考える上で、きっと何かヒントになることがあるのではないかと思います。
posted by 英楽館主 at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 古典芸能作品探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。