2014年01月20日

2014年 大学入試センター試験 第4問(漢文)

 今年も一昨日、昨日とセンター試験が行われた。
 今回は古文は『源氏物語』からの出題だったので、口語訳を掲載する必要はなかろう。後日、問題文の内容についてのコメントを掲載することにしたい。
 漢文は筍に関する随筆が出題された。早速、今日の高2の授業で、2クラス(80分の補習授業)で古文、別の2クラス(50分の正規授業)で漢文を扱ってみたが、生徒の目線から見ると、古文は「犬も食わない夫婦喧嘩」の話題、漢文は堀ったこともなければ生から茹でたこともない筍の話題で、ピンと来ない内容だったようだ。

 ここでは、漢文の書き下しと訳を紹介しておこう。本文のうち、テキスト形式だと出ない字は記号に変えてあるので、各予備校や新聞社の速報などで入手できるpdfファイルの本文を参照して適宜補って読んでいただきたい。口語訳は、何か注釈などを参照したものではないし、館主の専門は漢文学ではないので、あくまで参考程度のものであることを断っておく。

2014年 センター本試験 漢文
[出典]陸樹声『陸文定公集』
 陸樹声は明代前期の官僚・文人。『茶寮記』などの著作がある。

[書き下し文]
 江南(かうなん)に竹(たけ)多(おほ)し。其(そ)の人(ひと)筍(たけのこ)を食(く)らふを習(なら)ふ。春(はる)の時(とき)に方(あ)たる毎(ごと)に、苞甲(はうかふ)土(つち)より出(い)で、頭角(とうかく)繭栗(けんりつ)、率(おほむ)ね以(もつ)て採食(さいしよく)に供(きよう)す。或(ある)いは蒸★(じようやく)して以(もつ)て湯(たう)と為(な)し、茹介(じよかい)茶☆(ちやせん)以(もつ)て饋(き)に充(あ)つ。事(こと)を好(この)む者(もの)目(もく)するに清嗜(せいし)を以(もつ)て方(まさ)に長(ちやう)ずるを▼(と)らず。故(ゆゑ)に園林(ゑんりん)豊美(ほうび)、複垣(ふくゑん)重△(ちようけい)にして、主人(しゆじん)居嘗(きよしやう)愛護(あいご)すと雖(いへど)も、其(そ)の之(これ)を食(く)らふに甘(あま)しとするに及(およ)ぶや、剪伐(せんばつ)して顧(かへり)みず。独(ひと)り其(そ)の味(あじ)苦(にが)くして食品(しよくひん)に入(い)らざる者(もの)のみ、筍(たけのこ)常(つね)に全(まつた)し。毎(つね)に渓谷(けいこく)巌陸(がんりく)の間(かん)に当(あ)たりて、地(ち)に散漫(さんまん)して収(をさ)められざる者(もの)は、必(かなら)ず苦(にが)きに棄(す)てらるる者(もの)なり。而(しか)るに甘(あま)き者(もの)は之(これ)を取(と)りて或(ある)いは其(そ)の類(たぐひ)を尽(つ)くすに至(いた)る。然(しか)らば甘(あま)き者(もの)は自(みづか)ら◆(そこな)ふに近(ちか)し。而(しか)るに苦(にが)き者(もの)は棄(す)てらると雖(いへど)も、猶(な)ほ剪伐(せんばつ)を免(まぬか)るるがごとし。夫(そ)れ物類(ぶつるい)は甘(あま)きを尚(たつと)び、苦(にが)き者(もの)は全(まつた)きを得(え)たり。世(よ)に貴(き)は取(と)られ賤(せん)は棄(す)てられざるは莫(な)し。然(しか)れども亦(ま)た取(と)らるる者(もの)の幸(さいは)ひならずして、偶(たまたま)棄(す)てらるる者(もの)に幸(さいは)ひなるを知(し)る。豈(あ)に荘子(さうじ)の所謂(いはゆる)無用(むよう)を以(もつ)て用(よう)と為(な)す者(もの)の比(たぐ)ひなるか。

[現代語訳]
 長江下流域には竹が多い。その地域の人は、筍を食べることを習慣にしている。毎年春になると、筍を包む一番外側の皮が土から出て、子牛の生えたばかりの角のような形で芽生えたばかりの筍を、だいたい採って食べる。蒸したり煮たりしてスープにし、穂先の柔らかい皮とお茶を食卓に並べたりする。
 美味しいものが好きな人は、アクのない筍を好み、大きくなりつつある筍は採らない。だから、幾重もの垣根や門扉をしつらえた美しい庭園で、主人が常に大事にしている竹藪でも、そこの筍を食べると美味しいということになると、後先を考えずに刈り取ってしまう。味が苦くて食べるに値しない筍だけが、常に刈り取られることなく竹としての生を全うする。苦い筍は、常に渓谷と山の間の土地(=竹藪)に散らばっていて、採集されない筍は必ず苦いから放置されるものである。そして、美味しい筍は、採って、採り尽くしてしまうこともある。だから、美味しい筍は、自分から自分の命を損なっているようなものだ。そして、苦い筍は放置されるとは言うけれども、それは切り取られずに済むのと同じようなことだ。
 そもそも、何でも美味しいものを珍重するので、美味しくないものは生を全うすることができる。世の中では、貴重なものは取られ、つまらないものは皆棄てられる。けれども、取られる物が幸運なのではなく、たまたま棄てられて放置されたものが幸運であることもわかっている。これこそ荘子の言う「無用を以て用と為す(世間で無用とされるものこそ天寿をまっとうするものだ)」という類ではなかろうか。

[解答と配点]計50点
 問1 (1)=C (2)=B (各五点)
 問2 D        (六点)
 問3 @        (七点)
 問4 D        (七点)
 問5 B        (六点)
 問6 @        (六点)
 問7 D        (八点)

[筆者のコメント]
 2009年の追試験での蓮についての随筆に続き、今度は筍が話題の随筆が出題された。2009年追試が、蓮の性質には士大夫の出処進退と共通する面があるという視点で一般論になったのと同様に、今回もまた後半は話題が一般化されている。また、2011年本試験で『論語』が引用されたが、今回は『荘子』である。近年のセンター試験の問題文選択や出題には、解法のテクニックよりも漢文の世界で常識とされる文章を教科書で勉強していることが役に立つような場合が多いように思われる。
 早速、高2の授業で扱ってみた(生徒の大半は昨日、予備校でセンター試験の問題を解いて来ている)が、ごく一部の筍堀りをしたことのある生徒を除けば、受験生の多くは「棄(す)つ」という動詞の意味(ここでは美味しい筍のとれない竹林には見向きもしないことを指す)がわからなかったようだ。
posted by 英楽館主 at 19:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 国語教室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

追悼 2013年 今年お別れした舞台人

今年も残るところあと2時間を切ったが、1年を振り返って、今年世を去った舞台人への愛惜の年を表しておきたい。

茂山千作(4世、狂言・大蔵流)
市川團十郎(12世、歌舞伎役者)
竹本喜太夫(歌舞伎、竹本連中)
坂東三津之助(歌舞伎俳優)

 茂山千作は、私が能楽に親しみ始めた頃、太郎冠者を演じさせたら一番の味を醸していた狂言役者。弟の千之丞さんに先立たれてからはさぞ気を落とされていたことと思う。多くの後進を育ててくれたが、やっぱり記憶に残るのは「木六駄」のシテ太郎冠者だ。この人の舞台を観たからこそ、私は老ノ坂峠にも足を運んでみたいと思ったのだった。
 私は、歌舞伎を見始めたころは市川團十郎が好きではなかった。上手いとも思えなかった。その私が生の舞台で1度だけ「成田屋!」と褒めたことがある。国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で「俊寛」を初役で演じた時のことだ。私は1階後ろの補助席で観ていたのだが、大向うが誰も来ていなくて、見栄が決まらず、舞台が締まらないので褒めたのだった。私の目の前で寝ていた引率教師や高校生が将棋倒しの逆で次々と起きて行く光景は奇妙で、おそらくは滅多に見られないものだった。閑話休題、團十郎はニンの合う役を演じさせたら本当に味のある得難い役者で、その味は、私自身が年を重ねて初めてしみじみと感じられるようになったものだった。つくづく長生きして大成してもらいたかった。あえて私の思い出の舞台を一つだけ挙げるならば、「和尚吉三」(2008年3月だっただろうか?)である。
 竹本喜太夫は、この4半世紀の歌舞伎の丸本物の舞台をずっと支え続けて来てくれた歌舞伎の陰の立役者。見始めの頃に若干の舞台に接した竹本文春太夫を例外として、この人ほど音遣いの正確な竹本の太夫はいなかった。
 坂東三津之助は歌舞伎の脇役の役者さん。みの虫時代の見事なトンボ、特に現三津五郎(当時:八十助)初役の「蘭平物狂」の舞台が忘れ難い。まだ51歳、これから本格的な活躍が期待されるさ中での早世だった。

 心より御冥福をお祈り申し上げます。
posted by 英楽館主 at 23:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013 私の音楽ベスト10

2013年 私の音楽ベスト10
@ エサ・ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管、レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)(2月7日)
A びわ湖ホール ヴェルディ『椿姫』(3月9日)
B ユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ)、ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ、ショパン:ピアノ協奏曲第1番、第2番(4月5日)
C 東京二期会 ヴェルディ『マクベス』(5月)
D ユベール・スダーン指揮東京交響楽団、東響コーラス他、モーツァルト:『戴冠ミサ』&『レクイエム』(バイヤー版)(4月)
E アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィル レスピーギ三部作(5月31日)
F 日生劇場 ライマン『リア』(11月10日)
G ヤクブ・フルシャ指揮都響 スーク:交響曲第二番「アスラエル」(11月19日)
H チョン・ミョンフン指揮東京フィル『トリスタンとイゾルデ』(11月23日)
I ポール・メイエ(クラリネット)、アルティ弦楽四重奏団(豊島泰嗣・矢部達哉・川本嘉子・上村昇)(12月11日)
※ 複数回聴いたもの、観たものは月のみの表示。
[短評]
@とDは、現代楽器のオケにピリオド奏法を採り入れた演奏として秀逸だった。またDはアマチュアの合唱団がモーツァルト2曲を1ステージで歌い、かつ高水準の歌唱を聴かせた点でも出色だった。
Aは安藤赴美子のヴィオレッタと歌手としての経験を活かしたアルフォンソ・アントニオッツィの演出を楽しんだ。沼尻竜典のオペラ歌手としての進境も実感。
Bは、ピアノをろくに弾けない筆者にとって、ショパンの協奏曲の評価を根底から覆してくれる素晴らしい演奏だった。アヴデーエワはショパン・コンクール優勝直後に来日してN響に登場した時とは全く別人の印象。
Cは、人間とはいかに量り難い存在かを思索したコンヴィチュニー演出が今回も鮮烈。特に、魔女の釜に放射性廃棄物のドラム缶を放り込む場面が印象に残った。コンヴィチュニーの演出の根源にはソフォクレス『アンティゴネー』の「人間とは不思議な存在だ」(別訳「人間とは不気味な存在だ」)という言葉があるように感じられた。
Eは、バッティストーニの今後の可能性に瞠目。東京フィルとの今後の共演に期待したい。
Fは、下野竜也指揮読売日響の好演と二期会の歌手陣の総力を挙げた力演でこれからも記憶に残って語り継がれるであろう貴重な舞台となった。
Gは、筆者にとって生では未知だった曲との出会いを楽しむと同時に、フルシャと都響の演奏の一体感が見事だった。
Hは、歌手はまずまずだったが、それ以上にチョン・ミョンフンと東京フィルが醸し出した深い音色が忘れ難い。かつて定期的に東京フィルを指揮していた時代には得られなかった音楽的な成果が10年余りの歳月を経て熟成されて来た。
Iは、メイエとアルティ弦楽四重奏団、双方の柔らかな音色が響き合って、稀有の水準の演奏(特に矢部達哉が第1ヴァイオリンを担当したブラームスの5重奏曲)。
[音楽時評]
 本業の都合で、筆者が「評論家」として執筆をするようになった1998年以来、最も実演に接する機会の取れなかった1年だった。特に、行けなくなる危険性の高い外来のアーティストの公演チケットを買うことを避けたため、国内の演奏家に偏った嫌いはあるが、批評家で国内のオーケストラを丁寧に聴いている人が少ない現状を考慮すれば、私の「ベスト10」を公表することにも意味があるだろう。
 ところで、中学生時代から日本(主として在京)のオーケストラを聴いて育って来た筆者にとって気になったのは、オーケストラの定期会員券の販売や継続がネットで行われる動きが出て来たことである。時代の趨勢として当然のこととは思うが、楽団員の音楽的な精進とは別次元で、事務局の努力の差が、チケット販売力の差につながってしまうのではないかという危惧を抱いている。在京オケでこの秋の、新年度に向けての継続にネットでの席替えを実施したのは、都響と読響。(東響、東フィル、シティ・フィルはまだネットでの継続は実施していない。)両者を比べると、少なくとも定期会員への配慮という点ではほぼ全ての面において読響が劣る。その原因は、
@ 読響事務局がチケット販売部門をチケットぴあに丸投げしていること
A 読響事務局側が、チケットぴあのシステムへの検証を怠っていること
に主たる原因があるようだ。この件については、継続の手続きが完全に終わってから論評をする予定である。
posted by 英楽館主 at 22:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月17日

読響チケットセンター(ちけっとぴあ)は酷過ぎるのではないか?(1)

コンサートの批評は、今どきは、批評家のものに限らず、ネット上でもいくらでもある。従って、オーケストラの演奏力については、日夜批評にさらされている。だが、オーケストラ事務局の事務能力については、あまり問題にされない。4月からの年度で会員券の継続をするオーケストラの2014年度への継続手続きが進みつつある今の時期、2013年4月からチケットセンターの業務をちけっとぴあに「業務委託」した読売日本交響楽団の不手際があまりにも目立つので、敢えて指摘することにしたい。

[時代の流れ?]
読響だけでなく、都響も今回の継続からネットでの手続きを行うようになった。事務局の合理化を図っていく上では、今後、このような流れは広まることが予想される。

[ネット手続き以前の問題@〜会員番号]
ネット手続きを行うためには、「会員番号」が必要になる。
これまで、チケット購入などの際に会員番号が明記されていたオーケストラはN響だけだったが、この秋から、読響、都響もネット手続きに伴って会員番号が各会員に通知された。
ちなみに、私の場合、N響はかつては「いつでも入れる」という意識で入ったりやめたりしていたが、B定期のサントリーホールへの移行(1998年9月)が明らかになった1996年からはずっと続けているため、現在の会員番号は「96」から始まる数字になっている。また、1977年1月から定期会員を続けている都響の場合、3桁の数字が送られて来た。担当者によれば、現在、大多数の会員は5桁の番号を持っているそうだ。当時は、現在のプロムナードコンサート(当時はファミリーコンサートという名で、東京文化会館以外の都内の会場も回っていた)などは会員制度(連続券)の対象外だっったから、おそらく、都響創立以来の会員に事務局が振ってきた番号がそのまま使用されたものと思われる。
これに対して、読響チケットセンター(ちけっとぴあ)は、会員に対して、「5340…」という10桁の番号を送ってきた。問い合せたところ、この最初の4桁は、ぴあのシステムの中で「読響」を意味する番号なのだそうだ。ぴあのシステムは、既に新国立劇場やジャパンアーツなど様々な劇場やマネージメント会社の業務も請け負って来ているから、これは理解できる。問題は、10桁のうちの残り6桁の意味がよくわからないことである。ちなみに25年来の読響会員の私の場合、5桁目は「1」である。もし5桁目から9桁目が歴代の会員に振られた番号で、最後の桁が誤操作を防ぐために割り振られた乱数であると解釈すれば、納得できない数字ではないのだが、だとすると、都響と同様に5桁の番号を持つ人がたくさんいるなら、システムの安定的な運用のためには、実質的な会員番号の部分を6桁に設定しなかった意味がわからない。

読響チケットセンターが割り振って来た会員番号がどのような意味を持つのかについては、今後、問い合わせをして、その結果を公表して行こうと思っているが、もし十分な考えなく、現在の会員に適当に割り振ったとしたら、大変な問題だ。

オーケストラの場合、1回限りの公演のチケットを売るマネージメント会社やホールとは顧客との関係が全然違う。ウィーン・フィルの定期会員券が親から子へと引き継がれて行くように、日本のオーケストラの演奏の質が高くなればなるほど、「親の代から」「祖父母の代から」引き継がれた会員券というものが出て来るかもしれない。長年、オーケストラの会員として聴いていると(私の場合、現在の最長は中学1年生で入った都響で、現在37年目である)、時々、ホール替えを経験することになる。現在持っている会員券も、途中で継続が途切れているもの(東響や日本フィルは上野で会員だった時とサントリーで会員だった時はつながっていない。現在は日本フィルは会員ではない。)もあるが、

都響 @AB両シリーズの開始に伴う席替え 
   ABシリーズのサントリー移行に伴う席替え
読響 定期演奏会のサントリー移行に伴う席替え
新日本フィル 東京文化会館からオーチャード移行とサントリー移行
       東京文化会館からすみだトリフォニー移行
N響 B定期のNHKホールからサントリー移行

を経験して来た。
例えば、こうしたホール移行の際などは、事務局が新しいホールでの座席を適切に提案しないと、席替えが収まらないだろう。その場合には、当然、優先順位が存在すると考えられる。例として、東京文化のようなホールから他のホールに移行する場合、1階の通路際座席が足りなくなることが考えられる。その場合の優先順位は、
@ 体に障害があるなど、社会的配慮が必要な方
A 長年の会員
の順であるのが当然だろう。例えば、30年間通路際に座っている会員と1年間通路際に座っている会員では、事務局が頭を下げてでも、後から入った方に通路際以外の席に移っていただくしかないのだと考える。

そもそも、事務局の業務委託をしてしまった場合、ホール替えのような事態に対応できないのではないかという危惧がある。
読響から今回割り振られた会員番号を見て、私がまず思ったのは、こうした事態に場当たり的な対応で望まれては困るということである。

[ネット手続き以前の問題点A〜担当者の経験不足]
新しいシステムを導入する場合、多少の不具合は人的対応でカバーするしかない。だが、問題は、担当者の経験不足で、顧客の側が何を気にするのか、十分に理解されていないことが問題だ。今回、都響の担当者とも読響(=ちけっとぴあ)の担当者とも電話で直接話をしているので、「あなたはオーケストラの定期会員券を買ったことがありますか?」という質問をしているが、答えは揃って「NO」である。

例えば、スーパーのレジのシステム変更を担当するSEなり会社側の担当者がスーパーで買い物をしたことがないという事態はまずあり得ないだろう。航空券の発券システムや鉄道の発券システムの担当者が飛行機や鉄道の切符を買ったことがないという事態も考えにくい。だが、オーケストラの定期会員券(連続券)は、誰もが買ったことがあるわけではない。経験のない担当者が、コンピューターの常識や、1回限りの興行のチケット販売の常識でシステムを設計しているから、やたらと問題が発生するのである。

今回はここまでにしよう。読響チケットセンターの問題点については、以後、続けて書くことにしたい。
posted by 英楽館主 at 20:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月17日

歌舞伎鑑賞教室の「葛の葉」

 そもそも歌舞伎を観る機会が減っていて、1年ぶりの観劇だっただけでなく、『芦屋道満大内鑑』「葛の葉子別れ」を観たのはかなり久しぶりのような気がする。都心からかなり離れた勤務先に勤める身として、「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」の19時開演(芝居だけ見ようと思えば19時45分から)は貴重な機会である。
 眼目の中村時蔵の葛の葉は、赤姫の葛の葉姫と女房葛の葉との演じ分けがよく出来ていると感じる。特に女房葛の葉を世話で演じる際に、生世話ではなく、丸本物ならではの世話の演じ方がしっかりと出来ていると感じた。機屋で早替わりを見せた後、舞台が回って奥座敷になると、子役はいるけれど、ほぼ一人芝居になる。最近、小劇場で歌舞伎ではない演劇を観ることが少なくないので、改めて歌舞伎座や国立劇場など大歌舞伎の舞台で客席の隅々まで届く演技をするには、役者に要求されるものが大きいことを感じる。
 ところで、私の場合、3階席や幕見席から歌舞伎を観ることがほとんどなので、国立劇場で観劇する場合の収穫は花道が見えること。鑑賞教室は3階以外は均一料金なので、いつも1階で観ることにしている。葛の葉の場合、性根が狐だから、引っ込みは六方を踏む。女形の演じる役としては珍しい引っ込み方だ。これは、原作の人形浄瑠璃にはない歌舞伎ならではの楽しみだった。
 安倍保名は坂東秀調。歌舞伎座ではまず回って来ない2枚目役を手堅く演じている。あるいは「花がない」などと評する向きもあろうが、こうした普段は回って来ない役を客席に違和感をあまり与えずに演じている点で、秀調の実力を評価すべきだろう。層が厚い座組の時もあればそうでない時もある。芝居はこうした器用な役者に支えられて成り立っているということを痛感。他に市村家橘の信田昭二、市川右之助の庄司妻柵。
 もう一つ、この日収穫だと感じたのは、竹本幹太夫の進境。御簾内で「機屋」を、出語りで道行を語ったが、特に道行が充実。もともと美声の太夫だが、それがどこか鼻につくところがあった。それが、いつの間にか発声に違和感がなくなり、本格の義太夫節の声になって来た。先日は竹本喜太夫が亡くなるなど、世代交代の進む竹本連中の中で貴重な存在になって行くに違いない。三味線は鶴澤寿治郎ほか。
 幕開きの解説は時蔵の次男の中村萬太郎。昨年7月の澤村宗之助と比べても、まだまだ硬い感じで、解説とは言え、言葉が一本調子になりがち。早くたくさんの舞台経験を積んで伸びてほしいと願う。
(7月12日所見、7月16日記)
posted by 英楽館主 at 06:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌舞伎〜幕見席からのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月04日

スダーン&東響、東響コーラスのモーツァルト

4月20日(土) 18時 サントリーホール
4月21日(日) 14時 ミューザ川崎

モーツァルト:ミサ曲ハ長調 K.317「戴冠ミサ」
同:レクイエム ニ短調 K.626(バイヤー版)
アンコール モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618

指揮:ユベール・スダーン
ソプラノ:サビーナ・フォン・ヴァルター
メゾ・ソプラノ:ステファニー・イラーニ
テノール:福井敬
バス:パトリック・シンパー
合唱:東響コーラス(合唱指揮:安藤常光)
管弦楽:東京交響楽団

 4月の東京交響楽団は、音楽監督ユベール・スダーンが登場。オーケストラ以上に驚異的なスケジュールをこなしているのは、東響コーラスである。3月下旬にマーラーの『嘆きの歌』、4月7日(日)にミューザ川崎の再オープンのコンサートでブルックナーの『テ・デウム』を歌って、その2週間後に、今度はモーツァルトを2曲いっぺんに歌うプログラム。全メンバーが全ての公演に出演しているわけではないとしても、アマチュア・コーラスとしてはよくぞここまでやってくれると快哉を叫びたい。「戴冠ミサ」は、美しい旋律に溢れる曲だけれど、演奏会の後半の言わば「メイン」としては短いために、日本のオーケストラの演奏会では、そう頻繁に聴けるわけではない。4月の公演プログラム中の船木篤也氏との対談の中でスダーン自身も「震災後、サントリーホールを満席にするということはとても困難なことですから。」と語っている通り、「戴冠ミサ」だけでは大勢の聴衆を集めることが難しいだろう。東響コーラスに、既に何度も歌っているとは言え、人気曲『レクイエム』と一緒に歌いこなしてしまう安定した実力(メンバーは2曲とも暗譜で歌う)とスダーンとの信頼関係があってこそ、「戴冠ミサ」で優れたソリストを招いて充実した公演が出来るのだと感じる。
 
 さて、その「戴冠ミサ」。キリエもグローリアもハ音から始まる明るさが耳に心地よい。今回の合唱は総勢90名(女声が約25名ずつ、男声が約20名ずつ)という編成だが、実によく音程やディクションが揃っていて、ミサの典礼文の意味がしっかりと伝わって来る。オーケストラは、トランペットがナチュラル、ティンパニーが革でペダルのない古風なスタイルの楽器を使用して演奏していた。現代楽器のオーケストラでも、トランペットだけ変えると、本当に大きく響きが変わる。2月に来日したフィルハーモニア管もエサ・ペッカ・サロネンとのベートーヴェンでこの方法を選択して大きな効果をあげていたけれど、宗教曲の場合、ハ長調やニ長調というトランペットの入る調性を曲の冒頭ではっきりと示すし、調性に安定感のある曲想が続くのが常だから、交響曲以上に効果的だ。
 第3章クレドは、聖体拝領の場面で合唱から独唱陣のアンサンブルに切り替わる瞬間の間合いが良く、モーツァルトが意図した宗教曲の様式の中での劇的な音楽作りが十分に実現されていた。第4章サンクトゥスと第5章ベネディクトゥスは、合唱による「いと高きところにホザンナ」という共通の結びによって一体感が生み出され、この作品全体の印象をも強固なものにしてくれている。第6章アニュス・デイは、何よりもソプラノのサビーナ・フォン・ヴァルターの声が素晴らしい。「miserere nobis」というテクストを無垢な祈りとして絶妙に客席に届けてくれた。そして合唱の「dona nobis pacem」も、明るくすがすがしかった。
 後半の『レクイエム』(バイヤー版)は、冒頭の「入祭唱」から早めのテンポだったが、『戴冠ミサ』にはなかった息の長いフレーズ感がしっかりと表現されていた。『戴冠ミサ』が1779年、『レクイエム』は死の年の1791年で、両者には12年の開きがあるが、それが実感として味わえるのも、同じモーツァルトを2曲まとめて演奏してくれたからだ。セクエンツィアの第3章「Rex Tremendae」で、スダーンは、冒頭の「Rex」を母音を延ばさず一飲みで歯切れ良く歌わせていた。この章の結び近くの「Salva me」の部分は弱音で合唱の音程が顕わになる箇所だが、東響コーラスは各パートの音程のまとまりが良く(特に3回目の女声)、繊細で「我を救い給え」というテクストの意味もしっかりと伝わる歌唱に仕上がっていて感心した。後半も、ジュスマイヤー版だと補筆されたオーケストレーションにいつも違和感を抱くのだが、今回の演奏はそうしたぎこちなさをほとんど感じなかった。例えば「サンクトゥス」。弦のアーティキュレーションが異なるためか、速めのテンポでフレーズが途切れない感じがよく表現されていた。全曲を通して密度の濃い『レクイエム』を堪能。なお、『レクイエム』ではバセット・ホルンを使用していた。
 翌日の21日も、再開後のミューザ川崎に初めて足を運んだ。あいにく東海道線の工事運休があり、遅刻して『戴冠ミサ』前半を聴き損なったが、前日にも楽しんだ演奏内容のみならず、例えばバセット・ホルンの音色がサントリーホールで聴いた前日よりも際立って聞こえるなど、ホールの響きの良さも楽しむことが出来た。
 スダーンが音楽監督の任期中に東響コーラスと共演するのはこれが最後だ。次期音楽監督のノットは古典よりは近現代に力点を置いたレパートリーの持ち主なので、私は、今後もスダーンと東響コーラスとの共演に期待している。
posted by 英楽館主 at 11:04| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コンサートつれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

醍醐寺の桜 (2)

P1000828a.JPG 醍醐寺の桜の写真をもう1枚紹介しましょう。伽藍と三宝院の両方を拝観しましたが、三宝院の奥にある憲深林苑の桜も絶品。花の色の濃淡が重なり合っている枝垂桜の風景です。ここで抹茶アイスもいただきましたが、砂糖の甘さは控えめで抹茶の甘さが感じられて、なかなか美味でした。
posted by 英楽館主 at 12:10| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

醍醐寺の桜 (1)

P1000785a.JPG 昨晩から今朝にかけて更新した話題はいずれも旧聞で恐縮です。新しい話題を一つ。昨日から京都に来ています。ここ数ヶ月、入院中の家族の見舞いで度々京都には来ているのですが、なかなか観光をする余裕がありません。しかし、今回は新幹線で京都駅に着いてからレンタカーを予約した時間までに間があったので、醍醐寺に足を延ばしてみました。
 醍醐寺は、以前、CSの放送で桜の季節に大蔵流茂山家の方々が狂言を演じている映像を観たことがあり、行ってみたいと思っていたので、念願が叶ったというわけです。地下鉄の醍醐駅からはコミュニティバスが増発されていたので、それに乗って迷わずに寺の総門へ。総門の両脇にも淡いピンクとしっかりとしたピンクの枝垂桜が満開で、もうそこから様々な品種の桜の銘木が続きます。
 写真は伽藍の中でも一番だった枝垂桜の古木。枝がいっぱいに広がり、実に見事でした。後ろに九輪だけ見えているのは五重塔。京都では現存最古(951年建立)というずっしりとした作りの塔です。
posted by 英楽館主 at 12:06| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近江八景 その3(続) 瀬田の夕照

P1000747a.JPG瀬田の橋上から見た2013年元日の夕陽。
posted by 英楽館主 at 08:30| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近江八景 その3 瀬田の唐橋

P1000742a.JPG元日の義仲寺の話題の続き。粟津から瀬田へと足を伸ばしてみました。
近江八景の中でも、現在、写真で捉えやすいものとそれが難しいものとがある。「粟津原」「粟津の晴嵐」というのは、一面の住宅街になっている現在の粟津では難しいが、瀬田の唐橋は、今でも橋がかかっているので、訪問しやすいポイントでもある。
写真は現在の瀬田の橋の風景。
posted by 英楽館主 at 08:26| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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